ねむ

彼女がその名を知らない鳥たちのねむのレビュー・感想・評価

4.8
涙がこらえられなかった。
共感度0の意味がわかんない。
どうしてもっと早く観なかったのかな。
これは胸に刺さった。

二人の組み合わせの数だけ関係の形が違うことをまざまざと見せつけられる。自分にはジャッジ出来ない。
惚れた弱味につけこむのもつけこまれるのも、それもまたひとつの恋だ。
 でも愛は違うんだろうな。
もっと広大で相手や自分が傷ついても傷ついても抱きとめる。傷つきたくないからやめたりはしない。
性的なことが一番端的な生きている実感だと言う人がいたけど、それは事実かもしれんけど全てではないように思った。

生きている実感とは性でなく死を意識することで強くなる気がする。
性はいつも、精神や心に(それが自分のなのか相手のなのかはわからなくなる)辿り着こうとしたとき必ず立ちはだかる城壁だ。
その壁は厚く日常に介在してくるから止められるものでもないんだろうが、時々目の前の状況を無駄なほどぐちゃぐちゃとかき乱す。行為自体が、というよりは何かを見極めようと集中するとき 正直邪魔だな、という意味で不純物のようだ。
でもわかりやすいから惑わされる。

足りないときって必要とされたいから、存在を求められたらバカみたいに嬉しいと思う。愚かしいって十和子やじんじはわかってる。
一過性のものに目を奪われている隙に何を見逃しているのか。

大切ってなんなんだろう。大切にすることって一体どうすることなんだろうとか最近何度も考えてて、1つの答えを見せつけられた気がした。

彼は結構な数の女性が(男性もかもしれないけどわからん)求める本質を隠し持つ人物ではないかなぁ。
嫌悪も悪態も無関心すらあれほど受け止められるひとなんていない。皆、じぶん、自分でしょう。当たり前でしょう。
とてつもなく大きな器を持つひとを、こうして見誤っているんではないの???
この域まで自分の残りの人生で到達すること出来るんだろうか。

簡単に『クズ』って言うのためらわれる。
不様で滑稽で、でもそれをどこから見て呆れたり軽蔑したりするんだろ???
私たちは一体どの場所から彼らを見てるの??
これも愛と呼ぶのではないか。


追記
今、『小さいおうち』の原作読んでるんだけど、それも頭をよぎった。
あと、映画なら『愛を読むひと』『嫌われ松子の一生』
人から見た幸不幸もうお腹一杯だ。本人が何を手にしたかだ。

追記2 本屋さんで原作買ってきた。読んでる。
追記3 読み終わった泣いた。