曇天

DESTINY 鎌倉ものがたりの曇天のレビュー・感想・評価

DESTINY 鎌倉ものがたり(2017年製作の映画)
4.0
舞台設定や物語はファンタジーだけど、その中に現実の日常でも起こり得る人々の営みが垣間見えて大満足。

現実に置き換えれば、これは単に仲睦まじいおしどり夫婦の初めての夫婦喧嘩の話になりそう。たとえば…妻が自分を蔑ろにする夫に嫌気が差して実家へ帰ったので、妻を連れ戻しに行ったが、義父が立ちはだかり夫は自分の誠意を試される。本筋はこれと変わらない印象なんだけど「黄泉」の存在が加わることでファンタジーじゃないと描けない描写がいくつも描けるようになる。

例えば、黄泉の国の存在。効能としては「死んでも向うで元気にやっている」ことを思い描くことで突然家族を亡くしてしまった人達の悲しみを癒すことが出来る。文明発生から世界各地で行われてきた精神安定のための民間伝承であり、実生活には必要なファンタジーだった。

それを踏まえた上で今度は「何も悪い事してないのに突然家族が亡くなってしまう理不尽さ」が描ける。死後の世界を描く上で、なんだか居心地良さそうだったり行き来がたやすいと「死」の重みが薄れて悲しみも感じられなくなる。でも突然死ぬことの理不尽さは現実に起こり得るし共感しやすいし、日頃我々が一番恐れている事態。これを描いたことで死の重みが担保されてる。人間大病を患っていきなりポックリいくこともあれば、転んで打ちどころが悪くて死ぬことだってある。だからあのような何気ない死因は正直怖い。多少設定がファンタジーでも、それを受ける堺雅人が真っ直ぐな演技で悲しみ苛立ち、現実として受け止めるので説得力が生まれる。

こんなふうにファンタジーと現実の描き分けが上手いので気持ちが乗っていけるのだ。
時代設定にそぐわない現代的なフレーズなどは原作準拠らしく、生死の境が曖昧な世界観にも合う。その中で夫婦を中心とした会話劇が自然で、やっぱり一番は夫婦の掛け合いが可愛くて面白く微笑ましく観れた。恐らく堺雅人と高畑充希が役に合い過ぎてるんだろうな。仲良すぎでベタベタでも、後半の不幸への前フリになるので展開的にも無意味ではない。
ギャグに関してもわざとらしくない下らない台詞や演出が普通に笑えた。
夫婦にまつわる小話集といった趣で色んな視点があるのも楽しい。舞台設定が昭和風なのを言い訳に、多少古めかしい理想像を提示してくるのは御愛嬌。

最っ高に泣けたのが何といっても堤真一である。ポックリいったにも関わらず家族への未練を捨てられず新しい男に嫉妬し続ける。その男を遂に許す気になった時には、コトバで多くは語らずファンタジックな演出で未練を完結させる。原作にあるんだろうきっと。でなければ監督のイメージを変えなければならない、男泣きのシーンだった。

黄泉の国に行ってからは世界観は良かったものの、展開から現実が消えてファンタジー全開になってしまったのでついていけなかった。黄泉駅ではっきり「終点」とまで言っているのに前世来世が出てくるのはどうかと。
大仰なファンタジーやファミリー向けであっても真っ当な人間ドラマや鋭いメタファーを加えることができると日本で証明してくれた稀有な例。何より観ていて楽しかったー。
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