垂直落下式サミング

私は絶対許さないの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

私は絶対許さない(2018年製作の映画)
3.2
中学三年生の時、地元の不良グループに拉致され輪姦されたことで人生を狂わされた女性の手記を映画化。
非常にセンセーショナルな題材であり、過去の悲惨な記憶を忘れられず、今もどこかで憎しみにとらわれ続けるうちに、彼女が自ら人生の過酷さをどんどん積み上げていってしまうさまは、みていて辛い。
雪の降る中をボロボロになって帰宅する葉子の姿は、強引に手を引かれ連れ込まれた異界から必死に現実へと回帰するようであった。家に帰り着き、普通ならここで家族が傷付いた娘を守って手助けをしたりして、一緒に苦しみを背負い込んでしまうのだろうと思うが、彼女にはそんな救いも残されていないのだからやるせない。
特徴的なのは輪姦シーンや風俗営業をする主人公の主観視点ですが、いや自分だったらそこ見ないだろ、目をそらすだろ、目が泳ぐだろ、っていうシーンが多くて、結局、みせたい絵のほうにカメラを向けているんだと作劇上の段取りが意識されてしまう作りなので、その場面になると感情移入が阻害されてしまって逆効果だったなと。役者の演技も、ちょっと演劇的な誇張がありすぎて、みていても当事者の人生の記憶を追体験した気分にはならない。
主観映像って身も蓋もないから、リアリティを演出する上でよく使われる手法なのだけど、その体験性に感情を入れ込むことはけっこう難しい。人の目線って、そもそも映画規格の横長の四角い枠には収まっていないし、身長とか、性格とか、運動能力とか、どうしても個々人で違いがあるものなので、どんなに頑張っても「普段みているもの」には近づかないと思うんですよ。本作は、そこに陥ってしまっていて、映画の作為性が際立ってしまっていた。
何はともあれ、意義深い作品であることは間違いない。性犯罪は、被害者が事件を大きくしないでほしいとあまり報道されないケースが多いと聞くが、それは日本社会の無知を自覚しようとしない不寛容さがそうさせるのだと思う。
本作は、犯人たちの役名を実名にしているそうだ。まあ、今のご時世、名前と出身がわかればいろいろと割ることができるので、ここから先はお好きに、ってことか。
映画をみて、何か感じとってもらえれば、本作を作り上げた映画製作者にとっても、自身の半生を打ち明けた原作手記の筆者にとっても、あなたにとっても、意味のある時間となるだろう。