カツマ

イット・カムズ・アット・ナイトのカツマのレビュー・感想・評価

3.9
夜が帳の底から攻めてくる。疑心暗鬼は膨らみ、心は蝕まれ、人間は内側からタダれるように死んでいく。伝染するのは恐怖、抑えられない狂気。それら全てが爆散した時、危ういバランスは木っ端微塵に崩れ去り、あとはカオスの任せるままとなる。極限状態の人間は疫病以上に病んでいて、どうしようもなくリアルであった。

今注目の映画作家、トレイ・エドワード・シュルツ監督が、注目の『WAVES』の一本前に撮った作品が本作だ。配給はインディペンデント系映画配給会社として絶大な安定感を誇っているA24からのリリース。A24はシュルツ監督の映画、2作品への出資を決断したが、その最初の一本が本作で、二本めが『WAVES』ということになる。視覚化されない恐怖を描きながら、それらを徐々に人間同士の疑心暗鬼の暴走劇へと繋げていく、非常に暗澹とした世界観が魅力的な作品だった。

〜あらすじ〜

未知の疫病が蔓延し、謎の何かに怯える世界。森の中でひっそりと生き延びてきたポールらの一家だが、ついにポールの義父が疫病に感染し、家族はポールとサラの夫妻と、その息子トラヴィスの3人だけが残された。ポールは家族を守るために非情とも呼べる感染防止措置を取り、家の中は常に緊張に包まれていた。
一方、息子のトラヴィスは飼い犬のスタンリーを心の拠り所にしながら、毎晩悪夢にうなされる日々を送っていた。
そしてその日もある眠れない夜のこと。閉ざされた赤い扉から何者かが侵入し、ポールらは応戦。何とか侵入者を捉えるも、その侵入者は置いてきた家族のために飲み水を探していて・・。

〜見どころと感想〜

冒頭、いきなりの感染からの火葬シーンには今のご時世的にもギョッとさせられるスタートを切る。そして、そんな不穏な雰囲気を常に背負いながら、何か見えない恐怖の対象に戦慄しながら、世界の終わりを待つような気持ちでエンドロールを迎えることになるだろう。今作は胸糞展開が似合いすぎる世界線を持ち、そして順当にその線の上を爆走していく。だが、本作の肝は人間同士の醜い貪り合いであり、見えない恐怖が明かされることに意味はないと思う。

主演には最近は監督としても名前を見かけることも多いジョエル・エドガートン。妻役のサラはファンタビなど大作への出演経験の多いカルメン・イジョゴ。癖のある役柄の多いライリー・キーオもさすがの熱演だった。しかし、そんな実績豊富な面々を差し置いてしまうのが若手注目株ケルヴィン・ハリソン・JRの存在だろう。彼は同じくシュルツ監督作品の『WAVES』でメインを張り、『ルース・エドガー』での謎めいた天才青年役でも注目を浴びた逸材。まだ25歳とのことで今後が楽しみな役者さんだ。

漠然とした恐怖をミニマルな展開と規模感で映像化するという難問へと挑んだ本作。実際、見えないもの、語られないものが多い作品だ。しかし、見えない何かに怯えながら、人間としての自我を喪失し、悲劇のカーテンを開けていくというのは悲しいほどに人間の性でもあると思う。恐怖は今の時代、最もメジャーな要素の一つであるからこそ、今作のような終末を迎える日が来ないことを切に願う。

〜あとがき〜

なかなか秀逸な作品だったと思いますが、フィルマの平均点が低いことに驚きました。監督の工夫が随所で効果を上げていて、尚且つ、シンプルな設定の中で見せ切るという離れ業が上手いことハマっていたと思います。
終わり方も今作のラストショットに相応しく、殺伐としていて、何とも言えずモヤっとさせてくれる作品でした。
カツマ

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