Inagaquilala

キリング・ファミリー 殺し合う一家のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

3.7
「シネ・エスパニョーラ2017」もこの作品で4本目。あと1本でコンプリートだ。さて、これまでの3本はいずれもマドリードやバルセロナなど大都市が舞台だったが、この作品はアルゼンチンの田舎町が舞台。雰囲気もがらりと変わって、全編、乾いたハードボイルドな風が吹く、クライム・ミステリーが展開する。

最初のシーンは停留所のような場所で人待ちをする髭の男ドゥアルテ。その前を1台の車が通り過ぎる。車はしばらく進むとUターンして戻ってくる。遅かったな、と髭の男。それに、運転席から窓越しに応えるのが、この作品の主人公ハビエルだ。

主人公の車に乗り込む髭の男。次のシーンは死体置き場に変わる。いきなりのこのシーン、殺伐とした雰囲気が最初から漂う。死体は主人公の母親と弟。実は主人公は母親とはずっと疎遠で、離れて暮らしていた。損傷の激しい遺体を見て、嘔吐する主人公。母親と弟を殺したのは現在の夫であるモリナで、彼も事件後に自殺したため、ブエノスアイレスに住む主人公に連絡が来た。

主人公を案内してきた髭の男はモリナの軍隊時代の友人で、遺産執行人であると告げる。自分に任せてくれれば、あなたにもお金が渡る、と髭の男は言葉巧みに主人公を引き留める。主人公のハビエルは、ブエノスアイレスに住んではいたが、暮らしがままならず、ブラジルへ渡ることを計画していた。金が入るまで、この田舎町にとどまることにして、主人公は母の家の整理を始める。

一方、自殺した母の夫であるモリナには、前妻がいて、近所に住んでいた。彼女には息子がひとりいて、主人公のハビエルにとっては、義理の弟に当たる。その弟ダニエルは、実は髭の男ドゥアルテの元で、彼の「誘拐ビジネス」を手伝っていた。主人公には一見親切そうに接してくるドゥアルテだったが、実は残忍で嘘つきで強欲な極悪人だった。

物語の終盤まで、髭の男たちの誘拐ビジネスと主人公の行動には接点はない。主人公はひたすら母親の家の後片付けをしている。なので、髭の男たちが決行する誘拐の場面は、最初は何が起こっているだろうかと不思議な印象を残す。もちろん、追い追いこのふたつの物語はリンクするのだろうという予感があるため、そこに漸次妙なサスペンスが生じる。これはつくり手側も狙ってるようにも思える。

予兆はあるものの、主人公を前に突然凶悪化する髭の男。その悪意に気づきながらも、金以外に守るものを持たない主人公はこの町を出て行く前の最後の仕事として、髭の男たちに加担する。微妙な人間関係のなかで、さらにスリリングな展開が生まれる。

2時間近い作品なのだが、じわじわと押し寄せてくるサスペンスはスクリーンに釘付けにし、この作品の最大の魅力となっている。前半から中盤にかけては、湿気を感じさせる粘着系の描写が続くが、後半から終盤にかけては、太陽がじわじわと肌を焼くような熱く乾いた空気を漂わせる。

あまり芸のない単刀直入な邦題で、まるでホラー作品のようにも思ってしまうが、実は、3人の男のカタストロフまでをじっくりと描いていたヒューマン・サスペンスだ。主人公ハビエルと義理の弟ダニエルとの交流場面に、もう少し密度があれば、この作品はさらにヒューマンの度合いを増して、面白くなると考えたが、どんなものだろうか。
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