えんさん

火花のえんさんのレビュー・感想・評価

火花(2017年製作の映画)
4.0
お笑い芸人の道を志した徳永は、中学生の同級生だった山下とスパークスを結成する。しかし、全く芽が出ない。そんなある日、営業先である熱海の花火会場で4歳年上の先輩芸人・神谷と出会う。観客は花火を見上げる芸人としては不利な状況で、神谷と相方・大林のコンビ、あほんだらは観客をコケ脅すという暴挙な笑いを魅せる。そんな神谷の姿に一発で魅了された徳永は、営業後に連れ出された飲みの場で神谷に弟子になりたいと申し出る。神谷は快く了承し、その見返りに自分の伝記を書いてほしいと頼むのだった。徳永は神谷との先輩・後輩の関係になった日々をノートに書き綴っていく。。又吉直樹の第153回芥川賞受賞作を、「月光ノ仮面」の板尾創路の監督・脚本で映画化した作品。共同脚本は、「クローズEXPLODE」監督の豊田利晃。

お笑い芸人であるピース又吉が、文筆を取り、その長編処女作品がいきなり芥川賞を受賞した同名小説の映画化作品。原作小説も話題になりましたし、それをTVドラマ化した作品にも現役の若手芸人が配役され、実際の漫才シーンでは吉本興業に所属する芸人たちが実際に作品の中でライブを繰り広げるなど、実際の笑いの現場と融合した作品作りでも話題になった作品。映画化した本作では若手芸人たちのライブシーンや、エキストラ的な背景には芸人が出てくるものの、主要キャストは俳優陣で抑えた作りになっています。そもそもの小説のほうを映画鑑賞前に読ませていただきましたが、失礼ながらお笑い芸人が書いたとは思えない繊細な文調に舌を巻きました。素人でも頑張れば、ライトノベルのようなエンタテイメント小説は書けるかもしれないですが、本作は”笑い”や”憧れ”、”青春”や”夢”などの言葉にするとどうしても青臭くなってしなうものが、主題になっています。こういう人の感情の根幹につながるものを表現しようとすると、余程の言葉を選ばないと、表現が非常に難しい。理系の僕には(こういう感想文でもそうですが)、到底到達できない文芸に極みであり、芥川賞などの各賞を獲得するのも頷けるものでした。

そうした素晴らしい小説の映画化作品。TVドラマ版では「さよなら歌舞伎町」の廣木隆一監督を始めとして、「凶悪」の白石監督など、エピソードごとに映像作家が手がけて、徳永や神谷の主要キャスト以外は芸人を使う作品でしたが、映画版は監督が芸人の板尾監督になり、キャスト陣もほぼ俳優陣に切り替わるという真逆なスタッフ構成になっています。TV版は未見なので、単純にそれがどうしたということはないのですが(笑)、芸人の監督らしい、お笑いをコンビで組み上げる時の生みの苦しさや、笑いを仕事にしていく上での仕事人としての苦悩みたいなものがリアルに反映されているように感じます。まぁ、といっても、僕は芸人じゃないので分からないですが、それでも特定の仕事についたときのあるある論みたいなものはありそうなことは分かりますし、笑いという万人に分かる要素が主題になっているので、よりビビッとに仕事と人生の苦労みたいなものが伝わってくるのです。

前に何かの感想文で書いたと思いますが、好きなことを仕事にするって、一見幸せそうで実はすごく苦しいものだと思うのです。好きなことだからこそ、自分の客観視したときにここまでしかできないのかという成長の限界みたいなものは感じるでしょうし、自分にないセンスの他人のものがバカっと売れたときに、自分が育ててきたものは全否定されたような気持ちにもなる。好きだから熱中できて、しっかりとしたお金になるのならいいのですが、こうした恐怖に怯えないといけないと考えたとき、むしろ仕事というのは最初は好きでなくても、自分の得意なことを伸ばしながら好きになったほうが長続きするのではないかと、凡才な僕なんかは思うのです。そういう意味で、本作の主人公である徳永と神谷は自分なりのお笑いを研究してきて、徳永は常に自分と市場(マーケット)を見ながら成長してきたリアリスト(凡才)なのに対し、神谷は世間に関係なく、おもろいことをただひたすらにやっていくロマンティスト(天賦があるかどうかは別にしての天才)という位置づけなのかと感じます。リアリストにとって、夢にしかみないロマンティストは羨望の対象でしかない。これは徳永が、神谷を通して見てきた青春劇なのです。