きゅうでん

きみの鳥はうたえるのきゅうでんのレビュー・感想・評価

きみの鳥はうたえる(2018年製作の映画)
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「僕」は不誠実だ。
なにかに執着して嫉妬するようなことはしない。そういう自分を作り出す。ときにわざとらしいくらいに。
これまでもそうやって、傷付かずにのらりくらりと生きてきたのだろう。

「僕」が森口を冷静に殴るシーンは象徴的だ。
森口は、作中で必ず誰かに執着し、「僕」の不真面目な勤務態度を咎め、店長の職場恋愛にケチをつける。森口は、その場その場では正しく、誠実なことを言っている。
だが、ここは映画表現が巧みで、観客は誰も森口のことを誠実なやつだとは思わないだろう。ネット炎上で「叩く側」に感じる違和感に近い。
「僕」が「不誠実さ」に誠実な男だとすれば、森口は「誠実さ」を不誠実に振りかざす男だ。
だから森口は、ひどく傷つき、この静かな映画の中で異常に思えるほど感情的なのだ。

「僕」は誰もが持つ人格だ。
宇宙の大きさを感じて目の前の悩みを相対化したり、フラれた後に「他にも相手は沢山いるよ!」と論点をすり替えたり、アニメを見て現実逃避したり。
人間のメンタルケアのほとんどは、不誠実にすがっている。
それでも、我々観客の多くは、一時的に不誠実な態度で心を癒した後、もう一度問題に取り組む。
人は、そうやって生きている。

映画の最後で、「僕」も、人を愛することに決めた。
「僕」はこれからの人生、たくさん傷つく。だが、そうしてようやく、なにかに一生懸命になる(誰かを愛したり、夢を追ったり、定職についたりする)ことができるのである。

登場人物それぞれに複雑な動きがあって、良い映画でした。