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マザー!のmのレビュー・感想・評価

マザー!(2017年製作の映画)
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「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキー監督×ジェニファー・ローレンス主演による狂気と思想と困惑のカルト作。「ローズマリーの赤ちゃん」かと思いきや全然違った。観た人10人中9人は激怒する映画だと思うので、これは日本劇場公開が見送られたのも納得。
親切説明一切無しの難解な映画なので、我こそは監督の意図を読み取らんという映画狂の方か、ブラック・サイコ・コメディとして割り切って面白がれる方にしかお薦めできない。メタファー祭りなのでそういうのを読み解くのがお好きな方は是非。


最初の数カットで「これはカルト映画だ・・」というのがもうよく分かる。意味不明で理不尽な訪問客や出来事に翻弄されまくる主人公と一緒に観客も翻弄され続けるが、恐ろしい事に最後まで明確で分かりやすい答えが示される事は一切無い。ただただ観客の読解力が試される、そういう意味では潔くて歯応えのある作品。

これは恐らく聖書や人類の負の歴史のメタファーというか寓話の映画だと思うのだけど、カメラが主人公にずっと密着している割に映画自体は彼女や状況を俯瞰した視点で捉えているような感じがして、そのあまりの冷徹さに引いてしまった(まあ聖書だから登場人物から引いていて当然なのだけど)。
一軒家だけを舞台にして、間違いを繰り返す人類の負の歴史と神の無私無欲の試みを集約して描く野心はとても興味深い。その辺の細かい解釈についてはコメント欄にネタバレありで記しておきます。

キリスト教系の中高一貫校に通っていたのに、聖書の最初の数ページを読んで「これは俺には無理だ」と放棄して週に一度のキリスト教の授業の時間もずっと寝ていた不信心な人間なので、残念ながら理解がまだ浅いかもしれない。


映画自体は個人的に好みではないが、特筆すべき美点はかなりある。
まずは技術面での素晴らしさ。
撮影が見事だった。「ブラック・スワン」のバレエ・シーンではカメラが女優と一緒に踊っているような感覚があったのだけど、この映画では全シーンでその感覚が続く。家の中を動き回り、狼狽え混乱していく主人公にぴたりと息を合わせて寄り添いカメラは舞うように滑らかな手持ち撮影で動き続ける。
主人公に寄り添うだけでなく、彼女と他の登場人物達との距離感の微妙な遠さもレンズワークやフレームで表現しているのが巧み。
16mmフィルム(35mmやデジタルも併用しているみたいだが)の質感や色合いも良い。

録音、というかサウンドデザイン(整音)も素晴らしい。生活音をさり気なく細やかに強調しつつ、序盤でハビエルがグラスを持った時の残響音を微かに長く響かせたりといった微細な演出で観客の無意識下に不穏な感覚を忍び込ませていく。


なんといっても最も素晴らしいのが映画全体を牽引する主演女優ジェニファー・ローレンス。今回は彼女の新境地で、これまでの自己主張をはっきりとする気の強い役柄とは違い、この主人公は控え目でNOと言う事のできない女性だ。そんな主人公の言葉では言わない不安や混乱、愛情を繊細で豊かな表情の芝居で表現している(それを撮影が完璧に捉えている)。そして壊れていく終盤では、いつものジェニファーらしい激しさが顔を出してくる。流石の女優っぷりで、彼女がこの取っつきにくい映画のハートの部分を担っている。
ちなみにどさくさに紛れて初ヌードも披露しているが、それによってそのシーンが痛々しさが倍増していて非常に辛い。

終始ヤバいハビエル・バルデム、前半を搔き回すエド・ハリス&ミシェル・ファイファー夫妻、嵐のようにやって来て嵐のように去る「スターウォーズ」のあの人やコメディ畑のこの人ら、主人公を混乱の渦に叩き込む俳優陣の怪演も愉しい。

虐げられ続ける主人公の姿に、太古から現代まで社会で虐げられ続ける女性達の姿が重なった。「ノア」の監督らしい現代の狂った神話ではあった。
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