TOSHI

マザー!のTOSHIのレビュー・感想・評価

マザー!(2017年製作の映画)
-
「ブラック・スワン」のダーレン・アロノフスキー監督の、日本では公開中止になった作品だが、やっとレンタルで鑑賞できた。確かに問題作ではあるが、原作物・実話物ばかりの現在の映画界では、社会的センセーションを引き起こすような、オリジナリティのある挑戦的な作品というだけで、支持したくなる。フィルマークスでよく使われる、“胸糞”などという言葉で片付けて良い映画では、決してない。

冒頭の燃え盛る炎の中で、叫び声をあげる女性のファーストカットから衝撃的だ。男性が大きく美しい宝石を眺めていると、廃墟のような屋敷が見る見ると美しい姿になる。次に女性がベッドで目覚め、「あなた、いる?」と言う。
男性と女性は、スランプに陥っている有名な詩人の夫(ハビエル・バルデム)とその妻(ジェニファー・ローレンス)だった。名前は、明らかにされない。周囲に何もない所にぽつんと建つ一軒家で、妻(以下、マザー)は家の壁を塗り替えたり、床の割れ目を補修したりしている(壁に手を当てると、何故か心臓の鼓動のような音が聞こえる)。仲睦まじい二人だがセックスレスで、子供はいない。
そして夫が、自分の作品のファンだという客人(エド・ハリス)を招き入れた事から、不穏な空気が支配し始める。翌日から図々しい態度の妻(ミシェル・ファイファー)を始め、男の家族が訪れて来る。ただ夫との静かな生活を望むマザーの、心の平穏が乱されていく描写に引き込まれる。主観のカメラと、対角のカメラが動き回る映像が刺激的だ。
ある事件を経た後、マザーは妊娠し、それにインスパイアされた夫は、新作を完成させるが、出産が近づいた頃、また新作に心酔したファンが大挙して家に押し寄せ…。
カオス状態の悪夢のような展開に圧倒されるが、最後には不思議な感動が訪れる。

アロノフスキー監督ならではの、一言では言い表せない衝撃作だ。監督が「ある特定の人に向けて作った映画だ」とコメントしているが、とにかく不快な出来事が続き(終盤に、極め付きの出来事がある)、それだけで万人向けではなく、観客を選ぶ作品だろう。明らかに単館上映向きの作品であり、本作の悲劇はアメリカで大規模公開された事だろう。興行的に、失敗するのは当然だ。
基本的に映画の中では何をしても良く、非常識を見せるのが仕事と言っても良い筈だが、現実の常識的な観点を持ちこむ観客が増えている事が、酷評に繋がっているのだろう。映画を芸術として観るのが、苦手な観客が増えている事もあるだろう。
日本で公開中止になったのは、アメリカでの失敗に加えて、宗教的な要素が分かりにくい事もあるかもしれない。旧約聖書の創世記に基づく現代的な物語であり、全てがメタファーになっていた。基本的にずっと家の中で映画は展開されるが、箱庭のような屋敷の中で、聖書を想起させる物語が再現される事になる。家自体が世界であり、想像主による、破壊と再生の物語なのだ。マザー=母なる地球が痛めつけられる事は、環境問題のメタファーでもあるようだ。

ラジカルでかつ非常に深みがあり、想像力を掻き立てる作品だ。言葉による説明を排し映像のみで物語る、本当の映画作家にしか作れない作品だと思う。好き・嫌いは激しく分かれるだろうが、年々評価が高まり、数十年後にはカルトムービーとしてステイタスを確立しているのではないか。個人的にはブラック・スワンより、本作の方を高く評価したい程であり、いつか日本でも上映される事を期待したい。
TOSHI

TOSHI