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Ryuichi Sakamoto: CODAのymdのレビュー・感想・評価

Ryuichi Sakamoto: CODA(2017年製作の映画)
4.0
ゼロ年代におけるアンビエントミュージックの最高傑作のひとつだと信じている『out of noise』の制作の裏側を覗けるだけでも個人的にはたまらない映画なのだけど、坂本龍一という人の音楽に対する哲学と矜持を感じ取れる貴重なドキュメンタリーである。

90年代生まれのぼくの世代くらいになると「坂本龍一=ニューエイジ系のヒーリングミュージック代表」みたいな誤認が結構まかり通っているのだけど。まぁ“energy Flow”とかの印象が強いとそれは仕方ないのか。

でも、尖りまくった80年代のソロ名盤たちやYMOの活動のみならず、東京ロッカーズ近辺のプロデュースワークやアート・リンゼイとの邂逅、フェネスやアルヴァ・ノトらとのコラボなどのように、元来の音楽性は非常にラジカルで前衛的な人であることは彼のファンであれば周知の事実であり、本ドキュメンタリーはそうした彼の音楽志向の一端を垣間見れる内容となっている。

坂本龍一の音楽は3.11や911~イラク戦争といった社会動向に鋭くリンクしてして、それは自身の社会活動に活発に取り組む姿勢にも如実に表れている。

彼の政治的な言動は批判の対象となることも多いけど、日本のミュージシャンや芸能を生業とした人はそういった言動を控えるという風潮が続いている中にあって、彼の姿勢というのは真っ当に民主主義的だし、アメリカなんかは大統領選のどっちを支持するかを明確に主張したりしていて、それ自体は(問題を孕んでいるとはいえ)日本も風通しを良くしていくべきなんじゃないかと思っている。

そういった政治的一面もあるにせよ、本作は音楽家の仕事を垣間見れる機能性も高く、フィールドレコーディングで採取した音を素材として組み立てていく過程は素直に面白いし、それがただのノイズにならずに美しい音楽として成立できていることが只々凄い。

音を釣っている、なんて格好良すぎるセリフも飛び出すけど、このときの彼にとっての興味は人知を超えた自然から発する音そのものにあり、それを無二の音楽的素養とセンスを持って一つの楽曲に仕立てあげていく過程は必見だ。

前述の『out of noise』には“北極圏三部作”と呼ばれる楽曲たちがあるのだけど、それらの曲は坂本龍一自身が北極を訪れて自らの手で採取した自然音を使っている。そうした前提を知っていなくてもきっとこれらの楽曲の持つヒンヤリとした冷たさ・侘しさのような感触は伝わってくるはず。

病気を経てさらに死生観を強く持つようになっているのか、『async』というアルバムは静物画を音に変換したような厳かさがあったりと、自身のソロ作品においては自らの価値観や興味をダイレクトに反映させるのも坂本龍一という音楽家の傑出した点だと思う。

結局映画というよりも音楽のレビューみたいになってしまったけど、ファンのみならず1人でも多くの人に観てもらいたい、珠玉のドキュメンタリーです。
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