磔刑

アトミック・ブロンドの磔刑のレビュー・感想・評価

アトミック・ブロンド(2017年製作の映画)
3.5
「薔薇の本質は棘にあり」

冷戦当時の重苦しい空気感、東ドイツの無秩序な雰囲気を上手く描写しており、多くのスパイムービーの中でも独特の世界観を確立できているだけでも観るに値する。『裏切りのサーカス』の質感にサム・メンデス版『007』をチューニングした様な作風だ。

ローレン・ブロートン演じるシャーリーズ・セロンはその美しさに少し陰りが見えるものの、荒廃と破滅が見え隠れする鈍色の世界に無骨ながらも美しい花を添え、作品の独自性と物語の推進力を牽引するには十分の力強い存在感を放っている。特に眼福なのはデルフィーヌ・ラサール(ソフィア・ブテラ)とのベッドシーンだ。一見すれば只のお色気サービスシーンなのだが決してそれに止まらず、スパイムービーの本家『007』への熱いアンチテーゼを感じる。
往年のステレオタイプのスパイムービーでは女性は物語を彩る花程度の意味合いしかない。それはスパイエージェントとベッドを共にすれば口軽く秘密を暴露する演出に集約されており、スパイの役柄が男性の特権であり女性にはさも不適格な様な印象を与えている。しかし本作では女性エージェントであるローレンが男性エージェント顔負けに女性スパイから情報を聞き出す事により、古から続くスパイ映画の悪しき伝統を打ち破っていると言える。そしてそれにはセロンのキャリアが蓄積された妖艶さが無類の説得力を生んでおり、このシーンだけでも主人公が女性である必要性を鮮烈なイメージで具現化していると言えるだろう。

加えて中盤の長回し(風)のアクションシーンはカットの切れ間を巧みに隠す事でアクションの緊張感を見事に演出している。長回しにする事で得られる効果は視覚的高揚感だけではなく、メインキャストとスタントが入れ替わる余地(実際の撮影、何より観客の意識)を限りなく少なくする効果があり、主演のセロンが体当たりのアクションシーンを演じている実感を直感的に感じやすくなっている。つまりは先程記したベッドシーンに加えてスパイムービーお得意のアクションシーンすらも男性俳優でなくても見劣りする事なく演出できる事を示している。
近年のスパイムービーも時代が反映された革新的な作品が増えてきたものの、やはり男性主導の印象は拭いきれない。しかしそれを払拭する目新しさを打ち出し、一定の効果を生んでいる事は高く評価出来る。数十年後の『007』シリーズで取り入れるであろうテーマを先んじて作り上げているだけでも意義深い内容だ。

只いくつか残念な点を挙げるなら冷戦特有の情報戦は知的好奇心は唆られるものの、度重なる裏切りやミスリードによる盤面や駒の変化が一見にして把握し難く、スカッとしたカタルシスを感じる事が出来ないのでアクションとは相性が悪い印象を受ける。
その複雑なスパイ劇や重苦しい空気感を払拭し、物語の抑揚を無理矢理演出する為にハイテンションなBGMが挿入されているのだろうがこれも個人的には世界観とミスマッチだったと感じる。それは一番の魅せ場の長回しのアクションシーンで使わなかった事に集約されてると思う。
ラストにCIAが良い所を持って行ったのは物凄くカタルシスを減退させる行為に思える。ローレンがダブルエージェント(最終的にはトリプル)であり、ロシア側の内通者だと判明しロシア側にも裏切られる構造は今作が終始描いて来た往年のスパイムービーへのアンチテーゼであるスパイの悲哀が集約されている。しかし結局は大国アメリカの勝利であったり、ラストの最大の危機をしれっと片付けてしまうのは今まで積み立てて来た泥水啜り、傷だらけになってでも任務を全うし国に忠義を尽くしてもスパイには人並みの幸せが訪れない悲哀に満ちた美徳、リアルスティックなスパイ劇とは相反する行為に他ならず残念に思う。
アクションに関して言及するなら良く言えばリアルを追求してるが悪く言えば野暮ったく感じる。ローレンがスーパーヒーロー的な強さをしていないのはテーマと世界観にマッチしている。しかし物語が地味で陰湿なだけにアクションで目新しさを打ち出して欲しかった。

それでも荒唐無稽な作品が多いジャンルの中でも異彩を放った魅力を持ち合わせた作品であり、観る価値は十分ある。キャスト陣も豪華でいぶし銀な玄人から気鋭の若手スターまで入り混じっており、それが作品のチープさを減退されているのに一役買っている。
何より久しぶりにシャーリーズ・セロンの美しさに浸れたれただけでも個人的には大満足だ。揺れるプラチナブロンドの髪、、、美しい、、、、。
磔刑

磔刑