PaoloSorrentino

あしたは最高のはじまりのPaoloSorrentinoのネタバレレビュー・内容・結末

あしたは最高のはじまり(2016年製作の映画)
1.1

このレビューはネタバレを含みます

初めて試写会に当選したことに感謝致します。ありがとうございました。
是非ともこれからも参加したいのですが、忖度するのは嫌いなので正直な感想を書きます。

良かった点
オープニングロールが遊び心があって洒落ていて本編に期待が少し上がったが、結果的にここがピークだった。

主演のオマールの演技というよりも人的魅力が溢れていて、その一点によって成立した映画。

残念な点
邦題がダサイ。二番煎じどころではない。『最高の~』は思考停止。

クレマンスの演じる母役が余りに身勝手過ぎて、全く共感できない。娘を一度捨てたことを後悔し、深く傷ついていることをアピールするだけで、裁判にまで持ち込み、自分の権利だけを主張し、一度たりとも娘の立場で考えず、一番大切な娘の気持ちを聞こうとさえしなかった。オマールとグロリアの関係を際立たせるためにだけつくられた悪魔のような役回り。

アントワーヌにオマールは出会わなければ、極めて悲惨な状態になっていた。彼は守護天使の役回りで救いの神。ゲイで恋人には恵まれていないけど、愛情を注ぐ対象としてグロリアを得たことで親になったような喜びを味わう。大事な役回りなのに裏表がなく、これといった見せ場が用意されていない。

この映画を感動ものにしたいのなら、大切なのは、いかにしてオマールとグロリアが家族として幸せな関係を築いたか、を説得力を持ってみせることなのに、それを完全にスルーしてしまった。あっという間に小学生になり、既に素敵な関係を築き終わってからメインの話になるので、観る方としては夢物語でしかない。

根っからの女好きが自分の子かも定かでない赤ん坊を突然押し付けられたからといって、そんな簡単にかわれるはずがないのに、そこが全く描かれていない。脚本の手抜きなのか省略するところを間違っている。

グロリアは聡明で利発的な女の子で天使のような存在。血のつながりを超えた父と子の絆を描きたいはずなのに、グロリアに死を与えてしまったせいで、オマールがグロリアを最優先にし、心から愛した動機が薄まってしまっている。これは完全に不要。今すぐにでも死んでしまう可能が高いから、ここまで愛したと観る方に思わせてしまい、純度が下がっただけ。病気じゃなかったらここまで愛さなかったといいたいのだろうか。

この映画がフランスで大ヒットしたということが寂しい。
これが求められるということは余程オマールの人望というか人気が絶大なのか、もしくは救いの神が偶然現れる、という夢物語を必要とするほどフランス人が疲れてきっている、ということか。自国の芸術や文化に強い誇りと自信を持っているフランスには男女の洒落た駆け引きや哲学的会話やもっと尖った映画や取っつき難いが味わいのある映画をつくるという矜持を持ち続けて欲しいと心から願う。日本映画界と同じような現状にあるのなら、消耗品のようなパッケージをかえただけの誰の心にも残らない映画だけが商業的に消費されていく流れに誰が抗うのだろうか。