ラウぺ

ウィンストン・チャーチル /ヒトラーから世界を救った男のラウぺのレビュー・感想・評価

4.4
日本では辻一弘氏によるゲイリー・オールドマンの特殊メイクにニュースが集中していますが、まず第一に、脚本の妙味、それと、ゲイリー・オールドマンの神がかり的演技を評価すべき作品。

映画は1940年5月10日からの3週間弱に焦点を絞り、全編チャーチルを主軸に物語が進行していきます。
まず、演説と会話だけでこれほど起伏に富み、引き込まれる物語を綴っていく脚本の妙味に驚かされます。
ナチス・ドイツの脅威という非常に分かりやすい題材という有利さはあるものの、ステレオタイプ的な強烈な意思の持ち主といった面だけを押し立てたのではありふれた内容に終わってしまうところが、政敵の跳梁といった要素に加え、国が侵略される目前という差し迫った危機感をリアルに伝えることで、エンターテインメントとしても充分に楽しめる内容となっていると感じました。
ダンケルクやバトル・オブ・ブリテンの結果、英国はナチスに屈することなく勝利したことは後の世の我々には既知の事実ですが、ベルギーやオランダがあっという間に席捲され、フランスも降伏目前、ダンケルクに40万の将兵が取り残された状況下で、徹底抗戦を唱えることは一種のファンタジーもしくは教条主義的と受け止められても仕方なかったのではないかと思われます。
原題の「DARKEST HOUR」の持つ重みや切迫感はスクリーンから洪水のように襲ってくるのです。
そこから如何にして融和主義者を黙らせ、議会と国民を奮い立たせるのか?がこの映画の物語のキモです。
発車したら最後まで止まらないジェットコースターのようなストーリー運びの妙味はやはり体験してこその醍醐味でしょう。

そのうえで、やはり素晴らしいのがゲイリー・オールドマンの演技。
どっからどうみても面長のゲイリー・オールドマンが丸顔のチャーチルに似た要素などあるはずもなく、いくらメイクが素晴らしいといっても、ゲイリー・オールドマンがチャーチルを演じる必要性などあるのか?との思いが映画を観るまで拭えませんでした。
辻一弘氏の特殊メイクも予告や写真で見ても大変素晴らしいのは分かりますが、目だけはやはりゲイリー・オールドマンのそれで、ギョロ目で睨みつけるようなチャーチルの目のそれとはやはり違和感がありました。
それが本編を見ていると、これがチャーチルその人に似ている、という点よりも、鬼気迫る演技でその内面を描き切るという役者としての実力に魅入られてしまうのです。
これは似ているかどうかといった卑近な問題は既に超越していると言ってよいでしょう。ほんの僅かに視線や表情が動くだけのささやかな変化にどれほど内面の描写に雄弁さが加わるのか、それだけでその場面でのチャーチルの心理を見事に表現している、役者としての底力を見た思いがしました。
おそらく、今の平均的なレベルでは似せるだけならどうとでもなる特殊メイクかと思いますが、こうした表情の変化を作り出すことが可能となったことこそが、ゲイリー・オールドマンが辻氏を指名し、辻氏が承諾しなければ出演を断るとまで言った所以でもあるのではないかと思いました。

アカデミー賞作品賞ノミネート、主演男優賞受賞作に相応しい映画だと思います。
ラウぺ

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