円柱野郎

孤狼の血の円柱野郎のネタバレレビュー・内容・結末

孤狼の血(2018年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

昭和63年の広島県・呉原。
呉原の暴力団“尾谷組”と新興組織“加古村組”の構想の火種がくすぶる中、所轄署のベテラン刑事・大上と新人刑事の日岡がコンビを組むことになる。
そんな中、加古村組系のサラ金で経理を担当していた男の失踪事件が発生する。

昭和・広島・ヤクザ者。
「仁義なき戦い」へのオマージュ作品としての匂いを感じざるを得ない、というか隠してもいないその雰囲気が素晴らしい。
昭和63年を舞台にしたのも意味があるだろうが、この内容にして、あの冒頭の東映ロゴである。
これは昭和時代の東映映画へのラブレターであるようにも感じた。

マル暴の刑事・大上は地元のヤクザ尾谷組と“上手く”付き合っている感じだが、そのやり方は新人の日岡目線でみればメチャクチャだしズブズブに見える。
日岡目線こそキレイごとの世界の感覚であって、それは観客の感覚と一体化させたものだが、そこからどんどん大上の住む世界に引きずり込んでいく展開が絶妙。
まさに蛇の道は蛇だが、劇中でも言及されるようにギリギリの綱渡りの世界として描かれていて、大上という人間の真意を知った時、日岡と同じく観客は「その世界の生き方」を知る。
その構造がとてもうまく、そしてある意味で日岡のメンターである大上というキャラクターの存在がとても大きい。
終盤、日岡の報告書に書かれていた添削の文字は泣ける、男泣きしてしまうわ、あの場面はズルいぜ…。
(あの場面で登場人物による読み上げを使わず、観客に文字だけで読ませたのは良かった。)
前半は「トレーニング デイ」の様な感じもする内容だが、それをヤクザ映画へのオマージュと上手くマッチングさせた上で人物の成長や組織の闇までひっくるめてドラマにしてしまう、その展開に完全に引き込まれてしまいましたよ。

「昭和時代のマル暴」のドラマがまるでファンタジーのような世界に感じられるのは、平成の今では時代が変わったからなのか、それとも本当の悪が地下に潜って実感が薄くなったからなのか。
あえて昭和63年という時代を選んで描かれているあたりも含め、なんだか考えさせられた。
“昭和”という響きに浪漫を感じてしまう事自体は、俺が相応に歳を食ってしまったからなのだろうが。

大上を演じるのは役所広司。
大上の「警察じゃき、何をしてもええんじゃ」という予告編でも使われたセリフが強烈だが、これは上手いミスリードになっていて、彼が本当に汚職警官のようなイメージからスタートさせるのに効果的だったな。
まあ予告編を見てなくても冒頭からヤクザ刑事というような強烈な雰囲気なのだが、役所広司の演技とオーラはさすがと言うほかない。
日岡を演じる松坂桃李も杓子定規な若手という感じがよく出ているが、真相を知るにつけ腹の底から人が変わっていく感じが上手かった。
タイトルの「孤狼」とは大上の事だろうが、その血は日岡に受け継がれただろう。

「東映のヤクザ映画」というジャンルに対する東映自身のセルフオマージュ、その気合を感じる見事な作品だった。
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