ローズバッド

孤狼の血のローズバッドのネタバレレビュー・内容・結末

孤狼の血(2018年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます


ヤクザ映画の系譜に、邦画の金脈があった!


●深作欣二 → 北野武 → 白石和彌

まず何よりも、深作欣二監督『仁義なき戦い』シリーズ(’73〜)が、本作の根底にある。
警察とヤクザの癒着という点では『県警対組織暴力』('75)により近い。
そして、深作の降板によって誕生した北野武の初監督作『その男、凶暴につき』('89)とは、悪徳刑事と新米刑事のバディ、魂の継承という点で共通する。
さらに、本作でヤクザ映画復活の企画がされたのは『アウトレイジ』シリーズ('10〜)のヒットがあったからに他ならない。
そして、白石和彌監督にとって『日本で一番悪い奴ら』('16)は、警察の腐敗を描く点で、本作の前哨戦だったのかもしれない。

日本映画の歴史の中で、繁栄し衰退し、絶滅寸前になりがらも繋がれてきた「ヤクザ映画」の系譜。
白石和彌監督は、過去の傑作たちに倣いながら、大娯楽エンターテイメントとして、見事にアップデートさせた。
心から賛辞と感謝を送りたい。


●センスの良さは、オマージュだけじゃない

複雑な人物相関図もさることながら、ワンカットごとに、あらゆる演出の妙技がぶち込まれていて、覚えきれない程の要素がある。

まず何より、フィルム調の映像が世界感の土台となる。
影のきついハイコントラストなライティングは、警察署内で特に印象的。
カメラワークは、取調室での役所広司と女との顔面アップは「コミカルに切り返し」、役所広司と松坂桃李の重要な“綱渡り”の会話は「シリアスに長回し」、など場面ごとに使い分けるが、常に熱がこもっている。
格闘シーンでは『仁義なき戦い』的に、手持ちカメラを振り回す。
固定カメラの場合は、主要人物の奥、ボケた背景人物の動きや景色のほうで、変化をつけるよう気が配られている。
空撮、建物の外観、車列などの遠景にも独特の鋭さがある。
傷や死体、衣装や美術の繊細な作り込みは、職人芸。
雨や暑さなど、空気感の描き方も大胆かつ丁寧。

ギャグのセンスとタイミングが抜群、終始笑える場面ばかり。
元関取ヤクザに喧嘩を売るためコーヒーをかけると、関取は驚いて自分の牛乳を頭からかぶってしまう、その後のツッパリ相撲の格闘アクションも最高。
放火したくせに、吸い殻を消火バケツに捨てる、なんて細かいギャグもにくい。
豚舎で死ぬほど殴り続けるシリアスな場面の締めが、後頭部への親父のスコップ一撃、落差をつけるギャグが作品のトーンを作り出している。

そのものズバリのグロ映像は見せないのか?と思った後に、バンッと見せてしまうタイミングも巧い。
冒頭から豚の糞を口に押し込まれ、指をつめられる。
真珠を切り出されるチンポは、超クロースアップにすれば映像表現できてしまう。
掘り出された腐敗した首との対面。
役所広司の水死体の手と顔。
小便器に投げ込まれた石橋蓮司の首。
全てのグロ表現が、ギャグとして機能するのは、演出力の賜物だ。

劇伴音楽はドラマ性を盛り上げているが抑制されている。
邦画にありがちな、お涙頂戴を煽るだけの安っぽさはない。


●邦画もここまで出来る!が、韓国映画との比較

白石監督は『凶悪』('13)で注目されて以来、ここ数年、最も着実にキャリアを伸ばした監督と言えるだろう。
日本映画界は今後も、白石監督に大予算と長い製作期間を託して、娯楽大作を作ってほしい。
本作のような水準ならば、必ず世界のマーケットに打って出る事が出来るはずだ。
国内のみでしか通用しない「マンガ実写化・胸キュン壁ドン・お涙頂戴」など、幼稚な作品ばかりの、今の日本の娯楽映画にとって、大人向けの「裏社会モノ」を得意とする白石監督は希望の星だ。
強烈な「バイオレンス・エロ・グロ」を観客に叩き付ける。
これは韓国映画界の十八番であり、世界から注目されている理由だ。
韓国では、本作レベルの作品が量産されているといっていいだろう。
本作に足りない、韓国映画に倣うべきポイントは、力尽くでも「泣かせる」ことだろう。
あとは、カーアクションなども取り込めば、さらに楽しい映画になったかもしれない。


●娯楽作にも、現代性・批評性を!

ひとつだけ、大きな欠点を感じる。
「平成の終わり」を迎えようとしている現在、「昭和の終わり」を舞台に描くにあたって、「今」に対する社会批評性が必要だったと思う。
本作の精神的土台である『仁義なき戦い』は、完全なジャンル映画でありながら、日本の戦中・戦後・高度成長期の社会への「怒り」を元に作られている。
それが、胸踊るだけの映画でなく、永遠に語られる超傑作になった理由だ。
本作には、残念ながら、そのような批評性は無い。
かといって、初期北野映画のような詩情性があるわけでもない。

東宝は'16年、「ゴジラ映画」の系譜を換骨奪胎し、福島第一原発事故をゴジラに見立て、政治風刺・社会風刺として『シン・ゴジラ』を大ヒットさせた。
東映は本作で、往年の「ヤクザ映画」を、今の何かの問題を指し示すものに変換できなかっただろうか?
『シン・ゴジラ』に、多くの人が惹き付けられたのは、面白かったからだけではない。
本作も大ヒットしてほしいと願っているが、現在の社会に響く要素が足りない気がしている。

今後も、白石監督には「ヤクザ映画」の続編でなくとも、「裏社会」を描いた強烈な作品を作ってほしい。
日本において、現代性・批評性を持たせるためには、「女性」を描くのが良いのではないか?
風俗業界や援助交際を題材に、ヤクザ・半グレを絡めた物語など、良さそうな気がする。
白石監督のロマンポルノリブート『牝猫たち』('16)でも、風俗業界を舞台にしていたが、深堀りできていなかった。
きっと、低予算なため、取材期間も充分ではなかったのだろうと思う。
ぜひ、大作映画でリベンジしてほしい題材だ。