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孤狼の血のsatoshiのレビュー・感想・評価

孤狼の血(2018年製作の映画)
4.6
 『仁義なき戦い』『県警対組織暴力』にインスパイアされた小説を、東映が、白石和彌監督で制作する。これを聞いたとき、胸が高鳴ったのを覚えています。面白くないわけがない。今年最も楽しみにしていた作品でした。

 映画が始まって、まず現れるのは従来のCGを用いた「小綺麗な」三角マークではなく、往年の東映映画を思わせる泥臭く、粗さに満ちた三角マーク。ここから、本作はコンプライアンスなど気にせず、「撮りたいものを何をしてでも撮る」という往年の東映への回帰宣言が伺えます。そして映画は、「宣言したら実行あるのみ」とばかりに豚のクソ詰め、指詰めと言った壮絶なリンチから始まります。この開始10分に表現されているように、本作は、制作陣の「東映らしさを取り戻す」という「本気」がビンビンに伝わってくる傑作になっていました。

 原作は柚月裕子さんの同名小説。彼女は本作を『仁義なき戦い』『県警対組織暴力』に影響されて執筆したと述べています。確かに全体的なトーンはまさにこの2作です。しかもそれに加えて、本作では白石監督のアイディアから、各所に両作品へのオマージュが見えます。上述のリンチシーンで出てくる竹野内豊はどう見ても『仁義なき戦い 広島死闘篇』の大友勝利ですし、その大友の名台詞「オメコの汁で飯食うとるけぇの!」への返答ともとれる台詞もあります。また、冒頭の新聞を用いたナレーションは『仁義なき戦い』シリーズの定番ですし、取調室での暴力シーンは『県警対組織暴力』における川谷拓三の超有名なシーンが基でしょう。

 これらの外見上の相似点だけで終わらず、本作には往年の東映映画の「熱」もそのまま残っています。照り付ける日差し、役者たちの汗、血、そして痛みや怒り、それらが全てスクリーンから伝わってきます。つまり、本作の登場人物たちは、スクリーンの中で血を通わせた人間として「生きて」いるのです。

 ここまで書くと、本作は『仁義なき戦い』「県警対組織暴力』の二番煎じかと思われるかと思いますが、本作で最も素晴らしいと思った点は、本作がこれらの要素を保ちつつ、きちんと現代的にアップデートしている点だと思います。

 上述した2作は、菅原文太演じる主人公が信念を貫き活躍するも、結局は大きな力の前になす術も無くなってしまう様を描いていたと思います。そしてそこで繰り広げられる抗争を戦争に見立てることで、疑似的な戦争を描写していました。そこでの暴力は、非常に虚しいものでした。その背景には、監督・深作欣二や脚本家の笠原和夫の戦争体験があったのかなぁと思います。こう考えると、本作は戦後ならではの作品だったと思います。

 そして、本作は様々な勢力の正義が入り乱れる中で、自らの信念を孤高に貫き通した男を描き、全体的に「正義」の話にしていました。これは、単純な価値観では割り切れず、複雑化する現代と非常にマッチしていると思います。

 主人公は2人。ます1人は役所広司演じる大上。そして彼とコンビを組むのが松坂桃李演じる日岡。役所広司は劇中でやっていることは菅原文太と似ています。日岡は、狼たちが跋扈する「戦場」に放り込まれた我々の分身。映画は彼の目を通して語られていき、観客は彼と共に真相を知っていきます。彼の見方が変われば、我々の見方も変わるのです。この視点の転換がとても丁寧に描かれていたと思います。日岡も、最初は「警察」という「組織」に属していたのですが、大上の考えを知るうちに警察に疑問を持ち始め、遂に「孤狼」として覚醒します。「人を殴るためにやっていなかった」空手を「豚小屋」という戦場で使うあのシーンには爽快感すらあります。

 ただ、気になったことがあったのも事実。正直、真木よう子さんが説明役で終わってしまっているのが痛い。まぁ、さすがの存在感なので、そこまで気にならないですけどね。また、終盤でややエモーショナルな内容になり、スローモーションが多用されたこともちょっと気になりました。

 ラストは素晴らしかったです。特に終わり方が半端なくいい。あそこは、「血の継承」です。それは劇中の「孤狼の血」の継承であることは言うまでもありませんが、同時に、往年の東映から今の東映への、そして役所広司というベテランから松坂桃李という若手への、「血の継承」です。最後で燃え上がった火が、消えかけていた「東映」の復活を高らかに宣言していると思います。