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ルージュの手紙のdm10foreverのレビュー・感想・評価

ルージュの手紙(2017年製作の映画)
4.1
【セーヌ川】

フランスの近代映画にあまり造詣が深くない僕でも知っているカトリーヌ・ドヌーブの主演映画。
『死期が迫った時に古い知り合いと会って、最後にやりたい事を・・・』系の作品っていってもいいのかな。去年観た「しあわせな人生の選択」とは出だしのプロットは似ているけどちょっと違うタイプの作品です(当たり前か)。

シングルマザーとして助産婦をしながら地道に暮らしているクレール(カトリーヌ・フロ)のもとに、突然30年前に蒸発した継母のベアトリス(カトリーヌ・ドヌーブ)が現れる。彼女はとにかく自由奔放で酒、タバコ、ギャンブルが大好きという、まさにクレールとは真逆の「水と油」のような存在。
しかも、彼女が30年前に家族の前から去った直後に父が自殺したという事もあって、クレールはベアトリスが許せずにいた。
 30年後にクレールの前に現れたベアトリスは、まさに昔のまま。自由奔放な行動や発言を繰り返しクレールを困惑させる。しかしベアトリスは「脳腫瘍」を患っており、余命もそんなに長くないという事を知ったクレールは、理解しあえなかった時間を少しずつ埋めていくかのように、次第にベアトリスを受け入れていく・・・。

まずもって、やっぱりこの2人の「カトリーヌ」でしょう。
ベアトリス役のカトリーヌ・ドヌーブは女優としてとても素敵な歳のとり方をしている方なんだなと思う。スクリーンに映る彼女は、決して「おばあちゃん」なんて気安く呼べない凛とした佇まいを見せ付ける。
だけど、それにもましてクレール役の「カトリーヌ・フロ」は本当に素敵だった。助産婦という医療関係者という役柄もあるとは思うけど、メイクも抑え目にしてフランスの中流層の日常の雰囲気がとてもよく描かれていた。個人的には自転車に乗ってフランスの街並みの中を駆け抜けていく自転車のシーンが大好きだった。ちょっとした日常風景ですら、やっぱり絵になる街なんだな~と改めて納得。

クレールの仕事風景(助産婦としてお産を行なう)の繰り返しは、淡々と過ぎる彼女の日常というものを表していたけど、その病院も経営難から閉院が決る。
そっか・・・。昔は「潰れることなんてない」って思われてた病院ですら、今は簡単につぶれる世の中だもんね。これって日本だけじゃなく世界的にそうなんだ・・・と変なところで頷いてみる。

でね、思うんです。
永遠なんてものはないんだなって。何か高望みするわけでも冒険するわけでもなく、毎日を地道に生きているだけであっても、ある日突然状況は一変してしまう。それは世間から見れば些細なことかもしれないけど、自分にとっては大事件であって・・・。
でも、人間って変われるんですね。生きている限り止まない雨はないし、明けない夜はない。どんなに理解できないと思っていた相手だって、ひょっとしたら・・・。

「パパもあなたのキスが好きだって言ってた」

こういう会話が親子で出来るって、素敵だなって思った。
親子であり、友達であり、理解できる人間同士であり・・・。

地道に生きるクレールにとって、自由奔放なベアトリスの存在は、自身の内面的な憧れのメタファーだとか、そんな野暮な話しでもないと思う。
ただ、単純に「違う人間」なんです。趣味も趣向も。
でもお父さんを愛したことに偽りがないから、多分二人にはそれで十分だったのかもしれない。

「私が死んだら死体をセーヌ川に流してちょうだい」
「出来ないわ。法律で禁止されてるの」

いろんな意味でこの会話が最後の最後に余韻を残す。
最後のショットはそういう意味だったのかな・・・。