ルイまる子

はじまりのボーイミーツガールのルイまる子のネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

いい映画でした。単なる初恋の物語ではなく、真のテーマは「健康な人が元に戻せない病気、又は障がい者になるまでのプロセス」なのだろう。初恋にしても、彼女は自分の目が見えなくなるにつれ、誰か自分を助けてくれるアシスタントが欲しかった。ヴィクトールはそれに相応しかったからで、残酷だが決して恋の物語ではないと思う。微かな恋はあったとしても、友情だと思う。実際それを言葉にしていた。そういうところは現実的だ。

流石フランスは奥が深い。イギリスやアメリカなら物語の脈略を余すところなく見せるだろうが、フランスはそんなことはしない。大事なところを抽出し、そこを最大限に見せ、この主人公の少女がチェロを弾きたい、音楽家になりたい国立音楽院に行きたい、そこにフォーカスしている。それから実際受かるかどうかは重要ではない。白いドレスを着て「受験出来た」事が大事なのだ。そして、彼女側の視点で、目が見えなくなる人が世界をどのように見ているか、その映像を私達視聴者に体験させてくれる。どんどん視界がぼやけ最後はもう殆ど見えなくなり、その後自由な笑顔が現れる。自由な笑顔とは、完全に見えなくなった事を意味する。今まで将来が心配だった、どうなるんだろう、そして残酷な病気に蝕まれる自分を認めたくなかった。そして、悩んでいるその時間が彼女にとっては辛く苦しい暗黒の時間だった。視界がぼやけ最後にはもう見えなくなり真っ暗になる、しかし、その中でやがて音楽だけの世界に集中出来たのだ。彼女はやっと解放された。これは全部彼女の表情で表していた。

*確かにおかしなことだらけだ。ロジックはなっていない。しかしフランスはあくまでリアルを追求する。子供とはこういうものだからこれで良いのだ。

国立音楽学院に入りたいならまず病気を治さなければならないんじゃ?→それは大人の論理。1ヶ月後の試験に間に合わない。確実に目が見えなくなっていく、だからその前に試験を受けたい。
試験を受けたいのは国立音楽学院に入りたいのでは?→もう、入れるかどうかなど、どうでもいい。「兎に角受験したい」が目的になっている。
なんせ、子供の視点で描いているし、目が見えない障がい者になっていくプロセスだけを描いているので、まず、病気を治せよ!と皆思うだろう、しかしそこを敢えてしない、なぜか?子供視点だから。