シュローダー

ファースト・マンのシュローダーのレビュー・感想・評価

ファースト・マン(2018年製作の映画)
5.0
永遠とも思える孤独の果てに、ニールアームストロングという男が辿り着いた「ここではないどこか」彼の人生は、全てあの瞬間に訪れた「魂の解放」を感じる為に存在したのかもしれない。デイミアンチャゼルという稀代の天才監督は、またしてもその作家性を全開に芸術を描き出してくれた。まずこの映画最大の特徴は、全てがニールアームストロングの主観で描かれている事。彼が遭遇する数々のアクシデントや、心に抱えた喪失を、観客は半強制的に体験させられる。冒頭のX-15機のシーンからして非常に息の詰まる場面だし、サターン8号の、段々と全てが崩れていくパニック描写はこちらの神経をも圧迫していく。そして、そんな場面のどれよりも切実なのが、彼が失った娘、カレンへの妄念である。ここでライアンゴズリングというキャスティングが非常に効いてくる。彼のフィルモグラフィは常に「心の奥底では孤独に悩む男」を演じている。そして、「愛というものを捉えきれない男」という役も。今回のゴズリングはいつにも増して寡黙で、目一発で全てを表現する素晴らしい演技を見せてくれる。特に、彼が涙を流す瞬間はとてもエモーショナル。彼がますます好きになる。奥さん役のクレアフォイの終盤の慟哭も非常に胸を打つ。そして、クライマックス。アポロ11号がついに月へ到達するその瞬間の"無音の境地"は息を飲まされた。そして、何故ニールは周りの人間が悉く死んでいく中、それでも尚月を目指したのかを示すあるシーン。あそこは涙を止められなかった。王道の泣かせとはああいう演出の事を言うのだろう。そして、一切の言葉を発さず、非常に品が良く締めるラスト。そこから流れ出すテルミンの音。どこまで感動させれば気が済むのだろうか。このように、「音楽映画」としての演出もチャゼルらしく抜け目ない。「Lunar Rhapsody」が流れるシーンはどれも素晴らしいし、抑えるところとアゲるところの緩急のバランスも良かった。ジャスティンハーウィッツのサントラを聴き返す度に、あの感動が蘇ってくる。総じて、「他の人にはわからない」妄念に突き動かされた男の物語として完璧な一作だった。「風立ちぬ」との比較も面白いかもしれない。デイミアンチャゼルは前作「ラ・ラ・ランド」ではメタファーを具象化させた上で、最大の虚構を提示する見事なラストシーンを生み出していたが、今回はメタファーとリアルをメビウスの輪の如く表裏一体に提示してみせる。月面着陸という圧倒的な「歴史」をある種極限までファンタジックな「孤独な男の精神の救済」の物語へ解体して見せるチャゼル節には諸手を挙げて絶賛の言葉を送りたい。映画とは誰かの心を救う為にある。ついこの間の「サスペリア 」と同様に。デイミアンチャゼルという映画作家にますます忠誠を誓う作品だった。