ひば

ファースト・マンのひばのレビュー・感想・評価

ファースト・マン(2018年製作の映画)
4.3
地球からはるか384,400kmの地へ、月に墓参りに行ったんだと思った。そして娘に会いに"向こう側"へ行ってしまった人の話で、感情の迫害から逃れひと時の"一人になりたい"の究極型にも。個人としての小さな一歩、過ぎ去ったものとの決別。娘と志半ばで散った仲間への追悼と束の間の再会。この物語はとてもパーソナルなもので、正直"宇宙"モノじゃなくてもいけるなと感じつつ、それでも宇宙という未知に包まれ、悲鳴のような機械音、小さな窓から見る景色、宇宙より狭い船内ばかり映る閉塞感というイニシエーションを経てまるで人間というさなぎから羽化し舞い戻ったものが人間としてあり続けるかを問われているような…人間の深部に迫った大いなるSFを見た気分だった。
私は宇宙モノがロマンや美しさや夢があって好きな部分もある反面、宇宙の闇に不安が止まらなくなる。もし宇宙の闇が赤や緑だったら、きっとその色を嫌いになっていただろうし生活に深く影響する不吉を連想する色になってたんだろうな。世界を支配する神秘の色、明けることない黒。そんな闇に包まれ音も聞こえず助けも来ず孤独の中で死んでいくという描写が苦手すぎて相対的に負が勝ってしまいあまり見なくて本作も始まった瞬間秒で『わたしを地球に帰してください』となったのでお先真っ暗&見る前🍞をムシャアしたせいでオボロロロロロとなるとこでしたね、臨死体験だね。そんな体験を経ても宇宙への道を目指すのはそれはそれは壮大な夢があるからでしょうけど具体的にそれがないニールのライアン虚無リング具合はとんでもなかったですが、彼の一人の時間を好む気持ちはとてもわたしと似ているのでわかる。彼が見ているのは月ばかり。妻と目を合わせることもせず、庭からテレビから月を見ている。あまりに大きすぎる雑音から逃げるように、月でようやくその心を埋められたのなら親近感を持った一個人としては肩を抱きたくなる。まぁでもなんとなく彼の秘密を覗いた気分になって居心地が悪かった。長年多くを語ることを拒否した彼の気持ちは、あの時間だけは彼だけのものであってほしいなと思ったし、孤独を持ちそれを愛する人間としてはそんな気持ちをどうか共有させてほしいとも思った。
『ガガーリン 世界を変えた108分』でも見たけどそんなソ連との競争は大事なのかぁ~…あっちのシステム管理、なんかのネジ取れてるけど帰ったら直すねいてら!とかそんなノリだったから恐ろしい。たぶんソ連もアメリカも技術は同程度、スマホより低い技術の箱に入って地球を飛び出していたわけで、あまりに心細いネジやらなぜかいるハエに眩暈を起こすこともなく正気の顔をするというのは本当に…本当に…ウゥ~~~~と吐いてしまうわたしだったら。葬儀に慣れるという悲しみも含め。
未知への探索に莫大な犠牲やお金と時間をかけることに疑問を持つ声、私もその研究なんの役に立つのと言われたことがあるからちょっとわかる。じゃあお前はなんの役に立つのかと。この世の森羅万象は役に立つ立たないで区別されているんじゃなく、私たちが想像もできないようなもっと大きな価値がある。「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」という言葉にはその土台を今は固めて次の代に託すという意志が込められてる。目先のことしか考えられないからそんな言葉が出てくるし、だけど目先のことしか考えられないというのはその生活背景を考えればそうやって責めることもできない。あの時代にはまだ早かったかもしれない、でもようやく大きな戦争を終え、悲しみや葛藤、混沌はとりあえず置いて、新時代への希望という一体感も必要だったと思う。

パンフレットを読んで、テストパイロットしか宇宙に行けなかったことにへぇ~となった。それから船長、操縦手、搭乗運用技術者、搭乗科学技術者に分かれていったらしく、そして宇宙モノの映画はそれぞれ担当というキャラ分けが出来たわけだなるほど。そういやミニオンの『怪盗グルーの月泥棒』では月を奪ったあと波がなくなるシーンがあって、月があることであった引力がなくなったわけで、変動を目で確認できるもので一番顕著なのが波なんだよね。波の満ち引きは引力と関係あるから月がある方角に波が引っ張られて海は満ち潮になるんだよ。地球と月との関係はとても深いものなんだね。IMAXシークエンスが月面だけなのはとても勿体無いなぁという気持ちもあったけど、それでもあのシーンだけは月へと連れていってくれたような圧倒さがあった。いつか月にいけたらいいけどまず大気圏から出たくない。チャゼルめ。でも全体的にとても好きだった。今ちょっと落ち込んでるから宇宙行ってくるっていう時代は来るのかな。憧れるな。そしたら宇宙に価値はなくなってしまうかもしれないけど、月に手が届くようになっても『Lunar Rhapsody』という歌の美しさや尊さは失われないし、一人の人間が救われるというなら素晴らしいことのはずだ。誰のものでもない月を見上げることがいつかは贅沢になってしまっても、寂しい夜にカーテンを開ければ、いつでもそこにいてくれる存在であってほしい。

感情に迷って、何聴いて帰ろうと少し考えて『ララランド』のサントラにした。この楽曲一部映画に差し替えても別にいけそうだななんて考えてました。やはりチャゼルはチャゼルであったという確信。JKシモンズが月から出てくるかもしれないと最後まで気張ってたけど大丈夫です。安心して見れます。
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