河豚川ポンズ

ファースト・マンの河豚川ポンズのレビュー・感想・評価

ファースト・マン(2018年製作の映画)
3.7
彼はどうして月に向かったのかという映画。
たまりにたまった海外ドラマを片っ端から消費してたら、気づけばもう2月も終わりで、あまりの映画の観て無さにアイデンティティの崩壊さえ感じてた。
よくよく考えるとアポロ計画を直接題材にした映画ってそれこそ「アポロ13」ぐらいなもんで、アポロ11号に関しては有名なものに限って言えば初めて聞いた気がする。

空軍で試験飛行のテストパイロットを務めるニール・アームストロング(ライアン・ゴズリング)は、新型機のテスト飛行中に突如命令違反を犯し一時は大気圏の外側へと放り出されそうになるが、なんとか持ち直して無事帰還する。
実は命令違反は今回だけでなくニールはここ最近2度も命令違反をし、これで3度目。
いささか自暴自棄である彼を見かねて上司は彼に飛行禁止処分を言い渡す。
それもそのはず、彼の生まれて間もない娘のカレンには悪性腫瘍があり、放射線治療を続ける毎日でした。
しかしそれも長くは続かず、幼くしてカレンは亡くなってしまう。
喪失感に苛まれるニールはその穴を埋めるように、間もなくNASAのジェミニ計画への選考に応募する。
妻のジャネット(クレア・フォイ)は彼の新たな挑戦を歓迎し後押しするが、やはり彼女の脳裏にも家族の死というイメージが付きまとうのだった。


現代のアメリカにおける神話とも呼ぶべき、『アポロ計画』。
人類として初めて、まさしく文字通り前人未踏の地へと降り立ったその偉業を、アポロ11号の船長であるニール・アームストロングの視点から描いていく…のだけれど、その実はニール・アームストロングその人に強く焦点を当てた、言ってしまえばかなりパーソナルな映画。
普通「アポロ11号をテーマにした映画を作ります!」ってなったら、それこそ「アポロ13」や「アルマゲドン」、「ドリーム」みたいに、あの偉業や奇跡の裏にはこんな人々の努力やドラマがあった!的なドラマチックな感じになると思う。
でもこれを監督したデイミアン・チャゼルは、あくまでニール・アームストロングという一人の人間が、序盤での娘の死をきっかけに何を見て何を想い、そしてどうして月に足跡を残すに至ったのかを描いていく。
彼の動機を愛国心に帰属させなかったのも、この映画の少し変わった(?)ところだと思う。
前身のジェミニ計画から少なくはない犠牲者を出していて、さらにはソ連との開発競争、世間からの逆風も吹き荒れ始める中と来れば、この無謀な挑戦を可能にしたのは彼自身の愛国心にある!みたいな結論に至りそうだけど、それを一旦脇に置いて、あくまで彼の抱える葛藤と苦悩を中心に進めていくという変化球。
だからこの映画はSF映画というよりはもう少しこじんまりとした世界での話で、どっちかというとヒューマンドラマなんじゃなかろうか。
もちろん「2001年宇宙の旅」へのリスペクトなどがあったりと、きちんと体裁はSF映画として整えているんだけどね。

ストーリーラインは殊勝で面白いんだけど、一方で演出はメリハリハッキリつけていくタイプ。
ロケットに乗っているときは凄まじい緊張感、映像、音、光で観ているこっちはハラハラするんだけど、地球でのヒューマンドラマパートに入ると一気に静的な演出に。
ここでストーリーに興味がある程度持てていないと一気に夢の世界へ落ちていきそうになる。
間違いなく全編通してストーリーの中軸は娘の死や地球の家族なんだけど、それを最初に観る側はしっかり頭の中に落とし込めてないとしんどいところはある。
それが出来ないと退屈というわけではないけど、気づきがなかったりパンチが足りないのは確か。
なにより普通のSF映画が好きで、それを期待してたらこれが出てきたとなると、「思ってたのと違う!」となってしまっても仕方ないだろう。
こういったところもあってか、アカデミー賞発表直前の激戦区で生き抜くには少し味気ない。
それに同時期に公開の「アクアマン」はパンチの塊みたいな映画だったし。

正直個人的にはデイミアン・チャゼルの前2作と比べるとどうしても見劣りしてるように感じるのだけど、それでも音楽×スリラーやミュージカルを撮って、さらにそこからSFを撮るという彼の引き出しの多さには驚かされた。
でも自分がお気に入りの「インターステラー」や「メッセージ」みたいなSF映画にはやっぱり敵わないかなあ。