panpie

HER MOTHER 娘を殺した死刑囚との対話のpanpieのレビュー・感想・評価

3.9
カーテンを閉ざした自宅に帰ってきた夫婦。
夫はカーテンを開け窓を開けて新鮮な空気を湿った閉め切った家に取り込む。
振り向くと妻は二階を見上げたまま階下で立ち尽くしていた。

結婚した娘みちよが久し振りに実家に帰ってきた。
どうやら夫と喧嘩したらしい。
母親の晴美は一旦は仕事に出掛けたものの帰って来て会社は休みを取ったので何か食べに行こうという事になり出掛ける用意をしにみちよは二階へ。
そこへみちよの夫孝司がドアベルも鳴らさず突然入って来て結婚前に娘の部屋だった二階の部屋へ階段を駆け上って行く。
「やめて!」と娘の叫ぶ声が聞こえたがすぐに止む。
階下から母親が恐る恐る声をかけるとすぐに孝司が降りてきた。
手に血の付いた包丁を持って。
自分もあわや刺されそうになったが孝司は階下へ降りてくる時に晴美の右手に切り傷を残すが殺さなかった。
彼はすぐに警察に逮捕され裁判が始まり孝司が半年前からみちよへDVをしていた事が明らかになる。
みちよはその頃堕胎手術を行っており他に男がいたというのだ。
みちよは離婚を切り出しそして孝司はみちよを殺してしまった。
孝司はみちよを殺す前その男も殺していた。
みちよの携帯に証拠があると孝司は法廷で叫ぶがみちよの携帯は見つからなかった…



Clipしていた。
TSUTAYAで見つけた時そんな事忘れていて観たいと猛烈に思ってすぐに手に取った。
「スリービルボード」を観た次に和製の娘を殺された映画を観るとは思わなかった。
凄い偶然。
でも日本らしい展開。
「スリービルボード」のミズーリの南部独特な人種差別だったり閉塞感はないが近所の人は物珍しそうにちらちら見るのだけどその視線は冷たい。

みちよの父親で晴美の夫が立ち直って赦すことが新しい始まりとか言ったりする。
あんなに娘が死んだのはお前のせいだって言わんばかりの態度をとっていたのに変な宗教に入信して「誰にでも過ちはある」とか挙句の果てには「新しくやり直さないか」とか何言ってんの。
加害者に謝罪してもらったから赦すって
「憎しみは憎しみしか生み出さない。
その連鎖を断ち切らないと前に踏み出せない」
本当に「スリービルボード」みたいだ。
「正直宗教なんて信じてなかった。
神様なんていないしさ」
「でも理性だけでは解決出来ない事もあるんだよ」
「確かに赦すことは簡単じゃない。
でも完璧な人間なんてこの世にはいないんだよ」
父親は娘の殺された家を出ており(この時既に離婚していた?)ある日喫茶店へ妻を呼び出し宗教仲間を従えて晴美にこんな話をする。
時には吹っ切れた様な笑顔まで浮かべて。
あんた、何言ってんの?
娘を殺されたのにその犯人を赦すって?
当初夫に反感しか浮かばなかった。

確かに娘を殺したそいつを死刑にしても娘は帰ってこない。
でも死刑になれば公に殺す事は許される。
どんな理由があっても先に娘を殺したんだから。
今作はこれを問うているんだと思った。






↓ここからネタバレあります。↓






「スリービルボード」でもミルドレッドの悲しみを想像した。
今作では心臓を一突きにされてみちよは殺された。
アンジェラはレイプされた後焼き殺された。
死に方は違っても娘を死に至らせた犯人への憎しみは変わらない。
どっちの方がどれだけ悲しみが強いかなんてない。
ただ今作では犯人は分かっている。
娘の夫。
義理の息子。
一度は家族になったのに。

母親の晴美を演じた西山涼さんへ感情移入して観ていたのだけど今作も段々と変わっていく。

元夫が娘の死から立ち直ろうと努力してみたが結局の所犯人を赦した訳ではなく建前では赦したと見せかけて心の中では死刑になって早く死んでしまえと思っていたと分かる集会のシーン。
何も分からないくせに偉そうに加害者の人権だの死刑は良くないだの女性の信者が発言した後元夫はキレて摑みかかる。
髪を引っ張られて痛がっている女性に「娘はもっと痛かったんだ!」と叫ぶ。
そんな辛い体験をした事もないのに軽々しく言うもんじゃない。

娘の死から時間が止まったまま今も娘が死んだ家で自分を責め続ける母が娘を殺した義理の息子との面会で次第に赦さないけど死刑は良くないと変わっていく。
ここに違和感を感じたので娘を殺されたのだから死んでお詫びをしろ!死んで償え!と私はきっとそう考えてるんだと自身の考えを突きつけられた気がした。
だって娘が悪かったにしろ殺すのは絶対に間違っている。

加害者の母親も登場するが息子のDVは登場しない父親が母に暴力を振るっていたのを見ていたのだと想像させ息子を溺愛して育てた結果孝司は自分の結婚生活で思い通りに行かなくなり犯行に及んだ事になる。
面会に行く度「申し訳ありませんでした」と判で押した様な謝罪の決まり文句を言われて違和感を持つのはよく分かる。
死刑宣告を受け結局は死刑にならない前提で馬鹿の一つ覚えの様に謝罪を繰り返していた事が分かり最後の「殺してもいい人間がいると思っていた」って本心話す所はやっぱりなって思った。

娘の携帯を隠し持っていた晴美が娘の携帯の暗証番号を何度か打ってみるがエラーが出てまた電源を落とす行動でも分かるのだが私だったら最初に見つけた時点で警察に差し出すだろう。
携帯の中身を見る事で娘のせいでこんな事になったと知るかもしれないけど何があったのか知りたいし確かめたいと思う。
例えそれが殺された娘に汚名を注ぐ結果になるかもしれなくとも何があったのかやっぱり知りたい。
ラストで加害者の母親に晴美が「孝司さんは死んではいけなかった」と言った時それまで「ありがとうございました」と頭を下げていた母親が「じゃあなんで携帯を隠していたのよ!」と絶叫する。
監督はここを描きたくて晴美が携帯を隠していた設定にしたのかなと思った。

私は娘が殺されたら絶対に犯人は許さないし例え今作のみちよの様に不倫をしていて娘の方にも落ち度があったとしてもだからといって殺されていい命なんてないと思う。
ただ今作を観た後自分が変わったのは殺したら犯人はすぐに死刑にすべきとしか思っていなかったが絶対に刑務所を出られないのであるならいつ来るか分からない死刑に怯えながら人を殺めた事を悔いて生かすのもアリかもしれないとも思った。
逆に怖いかも。(^^;;

死刑反対の立場をとる新興宗教の信者は自分の身に不幸が降りかからないと分からないのだろうか。
それとも人の痛みを自分の痛みとして考えた事はないのか。
確かに死刑にしても救いはないのかもしれない。
「デッドマンウォーキング」の被害者家族が薬殺による死刑を見ているシーンを思い出す。
〝赦す事は新しい始まり〟か。
怒りを抑えて赦す事は難しい事だと思う。
色々考えさせられた。
願わくはこんな悲しい出来事が起きませんように。
panpie

panpie