ローズバッド

勝手にふるえてろのローズバッドのネタバレレビュー・内容・結末

勝手にふるえてろ(2017年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます


童貞よりキツい、処女のこじらせ


●松岡茉優の躍進

誰もが、彼女の圧倒的な存在に魅了されるだろう。
今年度(or 来年度)の邦画主演女優の賞レースの最有力候補になるのは間違いない。
演技の巧さには既に定評があったと思うが、自身の持ち味にバッチリ合った脚本・演出のコメディで、初主演を飾れたことで、今後の活躍により期待が高まる。
ぜひ、将来の日本映画界を先導していく女優になってほしいと思う。

松岡茉優は、コメディエンヌとして何が優れているのだろうか?
本作では、「陰と陽」の、特に「陽」の演技に、彼女自身のキャラクターと若さが活きているように思う。
まず、発声の抑揚やボリュームが非常に巧みだ。
「はぁ!?」「ぅん…♡」などの細かい発声、ちょっとしたニュアンスの出し方に顕著に表れている。
体の動きには、イキイキとした楽しさが満ちている。
ハイテンションの時の弾むステップや、自室ではしゃぐ動き、コンビニのレジに飛び乗る動き、一瞬のアクションだけで躍動感を感じさせる。
顔を正面から捉えるクロースアップが多数あるが、一面的でない心情を宿している事を、キチンと顔で語れている。
そもそもの顔立ちが、不穏な性格を匂わせるのは、松岡茉優の最大の強みだ。



●せっかくフレッシュな題材なのに、対象は国内限定?

2016年は“邦画復活のきざし”などとニュースになり、期待が高まった2017年だが、特筆すべき娯楽作は出てこなかったと思う。
マンガの実写化、ティーン向けのラブコメ、お涙頂戴…など相変わらず、まともな大人の観賞に堪える娯楽作は数少ない。
そんな中、近年、安藤サクラの『百円の恋』や、柳楽優弥の『ディストラクション・ベイビーズ』など、主演俳優の圧倒的な魅力で、突き抜ける傑作が生まれている。
本作も、そんな一本であり、この系譜は日本映画界の突破口のひとつかもしれない。
たとえ作品全体には、拙い部分が多々あったとしても、主演俳優の存在に引き込まれれば、些末な点など忘れて、魅了されてしまうのは、映画の不思議な魔力だ。

大九明子監督は松岡茉優と話し合い「マス向けでなく、ヨシカ的な女子に向けて作る」と決め、スタッフ・役者と共有したそうだ。
届かせる対象を明確に決め、その表現を研ぎ澄ませた結果、性別や年齢を超えて、観客各自の心の中のヨシカ的な部分に刺さる作品となり、結果、東京国際映画祭の観客賞を受賞している。
オジサン世代の作品選定員の方が、「コンペの日本代表にふさわしいコメディ、松岡茉優を審査員たちに知らしめたい」と激推ししていた。
現在の世界の映画界では、『ワンダー・ウーマン』の世界的ヒットが話題なった事を筆頭に、女性の主人公が社会と格闘する物語が、新たな潮流となっている。
それには、「女は恋愛第一」という古臭い固定概念を壊すことも含まれている。
この潮流に、本作は「処女のこじらせ、からの脱却」という形で沿っていると解釈する事ができる。
「世界へ発信する日本映画」という観点から考えると、「処女のこじらせ、からの脱却」という題材はフレッシュで現代的だと思うが、コメディとしての「笑いの取り方」は、かなりドメスティックであり、グローバルな普遍性を持ったものではないのが気にかかる。
もちろん本作が「国内市場向けの娯楽コメディ」なのは理解するが、笑いの取り方が、日本的なTVバラエティの様式に近いのは、映画ファンとしては少し納得がいかない。
顕著な例は、片桐はいりに“カワイイ”服を着せてアパートの隣人をさせ、オカリナを吹かせている事。
これは、日本芸能界の文脈の上に成り立っているギャグであり、『ガキの使い』の年末『笑ってはいけない』シリーズのような笑いの取り方だ。
ギャグシーンに効果音が足される演出もTV的に感じる。
独白のセリフで転がしていく物語なので仕方ないとはいえ、セリフによるギャグの分量が多いと思う。
特に「タモリ倶楽部」など、文脈を知る国内でしか伝わらないネタは、映画の笑いの本道ではない。
総じてギャグが単発で瞬間的なものが多いように思う。
男女の感情のズレの居心地の悪さを長尺で描き、ジワジワと持続&増幅する笑いの取り方が、もっとあれば良かったと思う。
日本映画界の復活には、韓国映画界にならって、海外マーケットを常に意識することで、作品の質も向上するのではないかと思うのだが。

最終的に「他者と初めて向き合う」というヨシカの成長が提示されたわけだが、これは、自己完結して引きこもりがちな現代社会に相応しいテーマではある。
だからこそ、そこからもう少し先のテーマの射程まで見せる事と、ユニバーサルな射程で描く事の2点が欲しかったと思う。
これは高望みしすぎかもしれない。
今年の邦画の中では、最もフレッシュな演技・演出・テンポなどを楽しめる快作なのは間違いない。