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コロンバスのCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

コロンバス(2017年製作の映画)
4.2
【小津の魔法使い現る!】
ロベール・ブレッソン("Hands of Bresson")やアルフレッド・ヒッチコック("Eyes of Hitchcock")等の映画監督にまつわるヴィデオ・ドキュメンタリーを撮っていた韓国系アメリカ人監督コゴナダが初めて撮った長編映画。《コゴナダ》と言う不思議な名前は、小津安二郎映画に欠かせない脚本家の野田高悟からとったとのこと。

コゴナダ監督は大の小津安二郎ファンで、"Ozu: Passageways"では、小津安二郎映画に登場する細道に焦点を絞ったマニアックなドキュメンタリーを発表するほど小津映画に惚れ込んだ方だ。そんな監督が満を期して本作を撮ったのだがあまりの美しさ。冒頭から、脳内のスカウタがぶっ壊れるほどのカメラワークに心が折れそうになりました。だって、撮影監督ってエリシャ・クリスチャンですよ!『グリーン・ランタン』とか『ミュータント・タートルズ』の撮影監督ですよ。彼のキャリアからは想像もできない、と言うよりも本作の撮影に焦点を置いた個展が開けるほどの1mm足りとも隙がない、小物の配置色彩までこだわり抜かれた構図に観るものは涙を流すでしょう。

冒頭、"Professor,Professor"と女性がエーロ・サーリネンのアーウィン・ミラー邸をうろつく。小津譲りのフィックス世界で完璧な美を作り出す。本棚と奥の空間。通常雑多になってしまいそうな構図ですら、「嗚呼、なんて美しいいんだ」とため息が出るほどだ。本作で映し出される構図は絵画や写真においてスタンダードな構造だったりする。

例えば、 ミーロン・ゴールドスミスが印刷所として作った"THE REPUBLIC"がヒロインのオフィスとして使われている。オフィスの廊下の終着点を画面の中央にもってくることで遠近感を強調させている。これ自体はありふれた手法だし、"Ozu: Passageways"を観ると、やってみたかったんだなと感じる。ただ、彼の細部のこだわりがオリジナリティを作り出す。スタッフのデスクに貼ってある付箋のカラーバランスまで完璧にコントロールされているのだ。

さて、いい加減内容について話そうじゃないか。

本作は、コロンバスに留まることとなった者と、コロンバスを出たい者が建築という共通知識でもって惹かれあっていくドラマだ。このドラマも小津安二郎研究者としてのある種論文のような作りとなっている。小津安二郎は、留まる者閉じ込められた者という構造でよく物語を作る。『東京物語』では尾道から東京へやってきた祖父母と、東京の忙しなく動き自己中心的な東京という空間に閉じ込められた家族という対比が描かれている。『秋刀魚の味』では、婚期を迎え、家を出て行こうとする娘と、娘が外に出てしまうことに切なさを感じ、どこか閉じ込めておこうとしてしまう父との対比が描かれている。外と内の関係を小津安二郎は描いているとコゴナダ監督は分析し、蝶番のようにして男と女を配置する。主人公の男は『SEARCH/サーチ』で一生懸命娘を探すお父さんを好演したジョン・チョーが演じている。彼のアイデンティティーは韓国にある。今はアメリカ人として生きている。つまり他所者である。そんな他所者が父の危篤により、コロンバスにやってくる。友達も特にいないので建築を写真に撮って暇つぶしをしている流離いの男として描かれている。それに対して、ヘイリー・ルー・リチャードソン演じるヒロインは、母の看病のせいで夢を諦めて図書館で細々と働いているという肉付けを行う。どちらも親の病気でコロンバスにいるという共通項を持ちながらも、他所から入る者と土地に縛られた者という正反対の背景を持つ。まるで鏡に近い配置となっている。そんな二人が引力によって結び付けられる。二人は邂逅するが、この時点までフィックスだったカメラワークは移動撮影に変わる。これは小津安二郎が『晩春』で父の元から娘が離れていくシーンをドラマティックに映す際に例外的に移動撮影をうという技法が反映されている。二人は惹かれる。しかし、まだ二人は出会ったばかりなので柵越しの会話となる。柵が二人の間にある心の壁を象徴させる。心の壁はあれど、なんだか自分の心の中にある穴を埋めてくれそうと予感させ高まる感情をあの移動撮影に凝縮させていると考えられます。

そして、物語は多くの恋愛映画とは異なり決してドラマチックなことは起きない。下手すれば小津安二郎の作品よりも地味である。それでも、撮影ないし、終盤でヒロインが踊る場面しかり数少ないメリハリと、圧倒的撮影の美しさで観る者の心は浄化させる。ブンブンの言葉では、これ以上の言葉で魅力を伝えるのは難しい。自分の文章力のなさに泣けてくるのですが、観る機会があれば是非挑戦してみてください。
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