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ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書のohassyのレビュー・感想・評価

3.5
「あなたにはほとんどリスクがないけれど、彼女にはある。そのプレッシャーと戦う彼女は、とても立派だと思う」


スピルバーグはこの映画を、9ヶ月で完成させたという。
映像業界の端くれにいる人間としては、彼が映画界イチ力を持っていて、さらに早撮りで有名あったとしても、驚きを隠せない。
シナリオのリライトまでしているのに!
それだけで半年くらいは簡単に過ぎ去ることを、僕はよーーーーっく知っている。

本作がすごくよかったのは、「報道の自由を守るための戦い」という、正義を振りかざすだけの物語ではなかったこと。
そういうのも嫌いではないけれど、結構見飽きているし、それだけでは物事の一面しか捉えていないように思う。
報道の役割を貫くベテラン編集長と、期せずして新聞社の社主で発行人となった女性が、しっかりとお互いの立場や考えを理解しながらディスカッションを繰り返すそのやりとりは、仕事を進める上では1つの理想的な形。
互いを尊敬して、信頼している証だろう。

それもこれも、トムハンクス扮する編集長の妻の一言があったからだ。
言い回しは正確ではないと思うけれど、おおよその趣旨はこんな感じだったと思う。
スピルバーグはこの映画を、現代の報道マンたちに檄を送るつもりで作ったと言うけれど、僕としてはこの妻の言葉を聞くためにあったように思う。
そのくらい腑に落ちるものだったし、ハッとさせられたひと言。

最近、何事においてもよく考えていることでもある。
人にはそれぞれ立場というものがあって、だから人には欲望が生まれるのであり、そこを理解できないと時に対立してしまうことがある。
仕事でよく見かける光景だ。
でも、相手の立場を慮って気持ちを理解できれば、そういう対立はかなりの割合で回避できる。
同じプロジェクトの関係者であれば、成功させたいという気持ちは同じはずなので、本来は対立するはずがないのに対立してしまうのは、お互いが立場を理解しないからなんだ。
なぜ相手はそう考えるのか。
何を守るためにそういうスタンスを取るのか。
そこに解決策はある。

トムハンクスはもちろんだけれど、お嬢様から新聞社の社長になった(なってしまった)女性社主を演じたメリルストリープは、その育ちの良さと自信のなさと揺らぎと決意と芯の強さを、見事に、静かに表現していた。
失礼ながら未だに「永遠に美しく」の印象が強くて、つい名優であることを忘れてしまうのです。

様々な評論や解説で「それまで働いたことすらないお嬢様が、報道という厳しい世界に放り込まれて…」というように書かれていて、それはまあその通りではあるけれど、だからといってリーダーシップが取れなかったり、正しい判断が出来ないかといえば、決してそうではない。
もちろん経験値は無いに等しいから助言やサポートは必要だけれど、人間力のある人はいざという時に正しい判断が出来てしまうものだ。
主婦だったから無理だとか、そういうのはあまり関係ない。
だからそういう、無意識にそこはかとなく見下したような見方は、ちょっとだけ引っかかる。

本作での彼女は、ただ編集長に報道の自由という正義を振り回された挙句の、ほだされただけの決意ではない。
しっかりと状況を把握し、正しいと思える決断をしている。
そう感じさせてもらえる、ステキな演技だった。

このペンタゴンペーパーズ事件のあとウォーターゲート事件があってニクソン政権は終わりを迎えるわけだが、ニクソンを辞任に追い込んだのはまさにワシントンポスト紙の報道力と言える。
このペンタゴンペーパーズの時の判断が、ポストの報道力を高め、ニクソンを辞任に追い込んだきっかけになったと言えるのかもしれない。

ウォーターゲート事件については「大統領の陰謀」という、ロバートレッドフォードとダスティンホフマンが共演する名作で描かれているのだけれど、本作のラストがその「大統領の陰謀」の冒頭にそのまま繋がるような、全く同じ撮り方をしている。
全体的に黒が強い撮影の質感も似ていて、やはりかなり意識していると思われる。
少し復習して、次に書きたい。
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