北野日奈子

リバーズ・エッジの北野日奈子のレビュー・感想・評価

リバーズ・エッジ(2018年製作の映画)
3.5
蓮實重彥は、ジャン=リュック・ゴダール『JLG/自画像』(1995)を語る上で、作中に見られる五つの光源について指摘した。『JLG/自画像』には三つの自然の光源と二つの人工の光源があり、初期は自然の光源だけ使っていたゴダールは、80年代の終わりから、例えばランプシェードという人工的な光源を効果的に用いるようになったのだという。★1

小沢健二の楽曲における光源の移り変わりも、ゴダールの映画のそれと似たものを見せる。

かつての小沢健二が扱っていた光源は、その多くが自然のものだった(もちろん人工の光源もある。すぐに思いつく「ダンスフロアーに華やかな光」という例外は、クラブのミラーボールによるものだろう)。1stアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』に収録された13分を超えるおごそかな省察「天使たちのシーン」が報告したのは「太陽が次第に近づいて来てる」という予感だ。「愛し愛されて生きるのさ」で「君の住む部屋へと急ぐ」のはいつだったか。それは「月が輝く夜空が待ってる夕べ」である。また、「月」は「夢が夢なら」で「ボートを漕ぎ出す波の上に」「洗った様」に「光る」。「甘夏組曲」で「光る」のは「夜霧」だ。「ある光」とは、「心の中にある光」のことだった。例は枚挙にいとまがない。

しかし、1998年の「春にして君を想う」以来CDシングルとしては19年ぶりに発表された「流動体について」に印象的に登場する光源は、「街の灯」という人工物だ。そして、「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」に登場する光源は、これと同一のものだ。前者で「羽田沖」に「ゆれ」ていた「街の灯」は、後者で「幾千万と灯る都市の明かり」と言い換えられる。その光源が設置されるのが港区なのか、それとも原宿や下北沢(あるいは駒場、日比谷公園)なのかという違いこそあれ、両者は本質的には同じものを指すだろう。

「アルペジオ」が歌うのは小沢健二自身と嶺川貴子や小山田圭吾、岡崎京子との物語だ。これと比較し、「流動体について」や、たとえば「飛行する君と僕のために」が描いたのは小沢健二が帰ってきた現代の「東京」だった。小沢の公式サイト「ひふみよ」内の2012年に東京オペラシティにて催されたコンサート『東京の街が奏でる』に関するページで小沢はこう語る。

『東京の街が奏でる』の『東京』は首都としての東京ではなくて、ローカルな場所としての東京です。ローカルな場所というのは、東京から首都が移転して、大企業の本社が全部引っ越して、その後でも残る東京、みたいな意味です。★2

この「東京」を、小沢自身の言葉を仮託した架空の「うさぎ」(つまり自作自演なのだが)はこう言い換えている。

首都が移転して、大企業の本社が移転して、その後には…。街が残りますね。人とか、通りとか、川とか、花とか。★3

「流動体について」(や「飛行する君と僕のために」)で歌われているのが「首都としての東京ではな」い「『 ローカルな場所』としての東京」だと考えるのはごく自然なことだ。しかし、かつてあったあの時代の東京を歌う「アルペジオ」に出てくるのが、そうした「東京」に設置されたのと同じ人工的な光源なのは(それも「流動体について」と同一のものであるのは)どういうわけなのか。

『リバーズ・エッジ』の公開に寄せてウェブ上に公開されたよしもとよしともへのインタビューにおいて、よしもとは作中に登場する死体について「だって今の日本ってこの死体そのものじゃない、という気はしたな。客観的に眺めている場合じゃない、と」★4 と話す。

映画『リバーズ・エッジ』を2018年に公開するということにより、その中の死体は、もはや90年代のスノビズムの所産ではなく、よしもとの指摘するように「今の日本」の反映と化す。そうした「闇に隠れた 汚れた川」、「汚れた僕ら」を照らし出すのは、今や自然の光源では不可能だ。本来なら光源となる「川」は「汚れ」、光を放たない。映画の中で川は基本的に夜のシーンにばかり登場し、光源としての機能を失っていたという事実がすぐさま思い出されるはずだ。代わりに光源となるのは、川の上を渡る列車や、幾度も繰り返し映される煙草やライターの火(若草ハルナが煙草の火を自室から地上に落とすシーンは、冒頭と終盤でリフレインされる火の玉の落下を想起させる明確な意図により、強く記憶される)、そして「都市の明かり」だ。作中で死体を照らすのは山田一郎や若草ハルナ、吉川こずえの携える懐中電灯だったが、この懐中電灯に代わり得る強い光源こそ、小沢が「アルペジオ」に設置した「都市の明かり」である。なればこそ、90年代を描いた「アルペジオ」の中に、2010年代の小沢が用いる人工の光源が設置され、その輝きをなんとか失わないように保っているのだ。

★1 ジャン=リュック・ゴダール『JLG/自画像』DVD(紀伊國屋書店、2004)の特典映像として見ることができるユーロスペースにおけるトークショーでの発言。のち『映画論講義』(東京大学出版会、2008)に収録。

★2 http://hihumiyo.net/tokyo.html

★3 同上

★4 「漫画家・よしもとよしともが語る、90年代、岡崎京子、小沢健二。 」
http://www.houyhnhnm.jp/feature/143284/