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甘き人生のemilyのレビュー・感想・評価

甘き人生(2016年製作の映画)
3.7
1960年代のトリノ。9歳にして母親を亡くし、その喪失感を超えることが出来ず、悲しみを纏って生きてきた。90年代になり、男はジャーナリストとして成功するが、まだ傷は癒えていなかった。パニック障害を起こし担当してくれた女医と出会うことで、やっと閉ざされた心を開いていく・・・

 少年期、母と過ごした幸せな時間と、今の彼を同時進行で交差させていき、その隙間から男が抱えてきた悲しみを垣間見る。冒頭から母と息子の幸せそうにダンスするシーンから始まる。その時間はずっと続かない事を暗示するかのようにありありと見せつける幸せな絵は見事に壊され、少年は現実逃避することでなんとか心を保っていく。父親はいるがそれは母に変わる存在ではない。母を見つめる少年の目はまるで初恋の人を見つめるような甘い視線を投げており、その目からは独占欲が見える。

  母の苦悩、笑顔の裏に見せる寂しげな表情、それらに少年は気づけるほど大人ではなかった。母の死は心筋梗塞と告げられ、それを信じて大人になっていく。時代の不安定さが彼の心情と交差し、絶妙な空気感を纏い、時間が交差する中で、彼の心情に切り込む人や出来事は全くない。サラエボ紛争、女医との出会い。長く心の奥底にしまってみようとしなかった物が、溶けていく瞬間。止まった時間がこんなにも大人になってやっと動き出す。しかしこれまでの時間は決して無駄だったとは思えない。すべてが彼女に出会うためであり、これまでの人生があってこと、初めで守りたい大切な人に出会うことが出来たのだ。

母と彼女は交差する。男は女に無意識にも母性を求めている。それでも心のよりどころがはじめてできた。生きていれば必ずいい事がある。人の心をいやすのはやはり人である。守りたい人が出来た時、人は強くなるしかなくなるのだ。遅かれ早かれその時は必ず来る。
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