結婚演出家の作品情報・感想・評価 - 4ページ目

結婚演出家2006年製作の映画)

Il regista di matrimoni/The Wedding Director

上映日:2018年06月23日

製作国:

上映時間:100分

3.5

あらすじ

「結婚演出家」に投稿された感想・評価

I morti comandano....

イタリアに限らないけれど、世の中っていうのは、往々にして、「死者がものごとを決めている」ようだ。

ここで描かれるのは、例えばハーヴェイ・ワインスタイン事件さながらの映画オーデションにけるセクハラ事件だったり、怪物の館に住む、死者たちを背負ったような貴族だったりするのだけれど、ベロッキオの物語は、ささやかながらも、じつに力強い映像表現によって、そんな死者たちの命令に抵抗してみせるわけだ。

ラストシーンは、みごとなハッピーエンドだと思うのだけど、さあ、みなさんにはどんなふうに見えるのでしょうか。なんてお話を、この前したてきたので、リンクもはっておきます。

http://hgkmsn.hatenablog.com/entry/2018/06/09/094936
2017年劇場鑑賞(初見)で一番引っかかって、揺すぶられた作品、、、
になりそーだ。
ササ

ササの感想・評価

2.0
イタリア映画祭2017にて。
映画オタクのための映画オタクの映画って感じ。重くもなく軽くもない、地に足がつかない雰囲気のまま話が進みそのまま終わる。「ほら考察しろよ!」みたいな思惑が透けて見えるようだった。
いち麦

いち麦の感想・評価

5.0
イタリア映画祭2017にて鑑賞。映画監督の力量と情熱と哀愁がグッと身近に感じられる愉快な物語。ヒロインを映像に収めることで何とか自分の手で救い出そうとする監督の性が溢れいじらしい。映像演出でもしっかり楽しませてくれる秀逸作品。
ひろ

ひろの感想・評価

2.5

このレビューはネタバレを含みます

久しぶりにうわーわからないわぁって作品。

単純な映画ばかり観てきたからきっと高尚すぎてわからないんだろうな、ってイタリア映画観てると多々感じる。
ほんとに誰かに解説してもらいたい。

娘の結婚式のシーンだけ現実で、シチリアに行ったところからは全てエリカの作品の世界だったのか?次の作品は「いいなづけ」って題名だったし。
現実でなく作り物の世界だったらあんなにごちゃごちゃしてるのも納得。

娘の結婚式の時に父親に声かけられて娘が返事しなかったのが謎。祈り?かなんかを捧げてる時間だから?なら返事しなかったことに父親も怒らないよね?

面接をしてる時にいきなり演技を始めた受験者もわからん。何でそのタイミング?その前にエリカのことを見てたあの視線は何?いわゆる枕営業的なことをやらないといけないってのを知ってて、それに対してどうしようか迷っていたけど、面接が終わりそうな空気を感じ取って心を決めたってこと?

公爵令嬢がいきなり訪ねてきたのも謎。何できた?そして誰に追われてた?好きでもない人と結婚させられるのが嫌で、家から逃げてきたの?

2人目の受験者で訴えてやるって言った人がいたけど、あの人が訴えたから警察がきたの?本当に枕営業的なことを強要してたの?

そっからいきなりシチリアに舞台が飛んだのもわからん。警察沙汰のは解決したのか?

時々映る白黒の映像はポケットに隠しカメラが仕掛けられてたの?自分で仕掛けたの?それともジャケットを貸してくれた家族と新婦側の父親の陰謀?

公爵令嬢の話を聞いて屋敷に忍び込んだのも何故だろうか。哀れだと思って気になった?

ミサで出会った2人だけど、地下で何が起きたのか不明。女の方が事務所を訪ねてきた時に聞いた内容を、実際に行動に移したのか。女が途中で逃げたのはなぜ?エリカが受け入れなかったから?

父親がエリカが娘に何かしたというのを知っているのはなぜ?所々隠しカメラっぽい映像があったけど、あれは監視カメラ?

試し撮りのシーンのとき、乗り込んだエリカの手にはカメラはなかった。ポケットにあるカメラだけだった。なぜ試し撮りだと嘘をついたのか(フィルムが入ってないのにカメラを回してるふりをして枕営業的なのを強要していたって話がここで活かされた感じなのか?)。ここでポケットのはもしかしてエリカのカメラなのかなぁってちょっと思ったけど、その映像の様子を他の人(父親とか新郎側の親戚とか)が見てたから更に迷子。やっぱり父親が隠しカメラとしてエリカのジャケットに隠したのか?
そのシーンの時に何回も同じ道を走らせて花嫁に暗示?かけてるのもわからない。

修道院?か何かに花嫁が篭ることになってそこを訪ねてきたエリカを男2人組が追い返した。そこでサングラスを胸ポケットにしまおうとして何かに気づいたような感じがあった。あれはポケットのカメラに気づいたの?てことはあれはやっぱり父親側に仕掛けられたものだったということ?

その後2人組の追っ手を撒くために、列車で出会った黒人の男性と洋服を取り替える(このシーンの少し前にいきなり列車のシーンが挟まれて黒人の人と話して腕輪をもらってて意味不明だったけど、ここに繋げるためのシーンだったのかと納得)。
無事に撒けて修道院?の方に行ったけどその途中で同業者の賞をもらった監督をまた見つける。この人もちょっと気が狂ってて怖かった。結局自殺したのか?よくわからないシーンだった。
この監督はこのシーンの前にも出てきてて、そこの部分は唯一違和感なく観れて何となく伝えたいことがわかるシーンだった。交通事故で死んだと思われてた監督(エリカはニュースでこの事実を知る)が実は生きてたとわかったシーン。このままだと自分の作品は賞がもらえないから、賞をもらうために死んだことにするって話。そういうことあるよなぁって思う。死んだ途端に担ぎ上げる感じね。



その後、花嫁のもとに駆けつけ、2人で逃げる。列車に乗ったように見えてホームになぜかエリカだけいる(この前をちょっと見逃したのでわからないだけかも)。
その後も結婚式のシーンがあって、「あれ?結局逃げてない?」ってなったり、父親がピストルで新郎を撃ったり。
かと思えばエリカが列車の中で目を覚ますシーンに切り替わって、ピストルのところは夢オチのように見せたり。
でも目が覚めた時にエリカの前に座っていたはずの花嫁がいなくて、「え?何?結局結婚式は行われて、これはエリカ帰り道なの?」ってなったけど、その後花嫁が1人で列車の中で座ってるシーンになって、「あれ、乗ってる」ってなったり。

とにかく訳がわからない映画だった。迷子になる。モヤっとする。解説がほしい。自分に知識がないから理解できないだけなのか、そもそもそのモヤっとを楽しむ作りの映画なのか、本当にわからない。
すっごく長くなったし、自分の文章が下手くそすぎて残念な気持ちになった笑 自分で理解できなかったことを文字にするのって難しいな。

でもやっぱりこれはエリカの作品の世界っていう説が正しいんだろうな。
これは過去のイタリア映画祭で既に上映されていて、俺はそれを観ている。改めて調べたら2007年だからちょうど10年前だった。やりたい放題、悪ふざけギリギリの怪作だった記憶はあるが細部は忘却。未だに一般上映されておらずソフト化もされていない。ゆえにまた観た。併映の『道化師』もあったし。

んでもってこれ、外形はフェリーニの『8 1/2』的に思えなくもないが、しかし全く違うのはここにはフェリーニ作品でのマストロヤンニのような監督の内面的苦悩なんぞまるで存在しないってことだろう。いい意味で(ノレない人にはもちろん悪い意味で、だろうが)中身がない。これは悪意である。否定神学的な態度とも取れ、もうどうにもこうにもベロッキオ的としか形容できないシロモノになっているわけである。全く唐突にフ○ラチオとか言い出すし。これが未だに一般公開されない理由は割に明白で、本作は2000年以降のベロッキオ諸作品中でも分かりやすい「物語」に全く回収されないのである。配給も買い付けたとしても客が入るか読めないからリスキー、またすこぶる宣伝もしにくかろう。

もちろん俺は好きですよ。1度目より好きになった。サミー・フレイがムチャクチャかっちょええ。
いかにも映画インテリによるハイソなオフザケって感じが強くてノレず。周りの方々が、『山猫』を揶揄したセリフのトコで一斉に小笑してた。怖ぇよ。
映画監督は死ねば評価してもらえるんだ!というのには、笑ってしまった。あと、結婚式の映像に対して、ヴィスコンティの『山猫』風の画お願いしますみたいな発言があってめちゃくちゃ笑った。まあめちゃくちゃな映画でつまらなくはない。ジャケットにくっついた仕込みカメラ視点を織り交ぜてくるんだが、まったくノレない。ラストの電車の中の別々の座席に座る2人は、全部夢オチってことでいいのかな。まあどうでもいい。
地下の聖堂でのメロ以降、結構面倒くさかったのだけど、大局としては映画にでんぐり返しさせられる「わたしの血~」の系統みたいなやつ。滅法好き。
t

tの感想・評価

4.4
反則級にドープな傑作。喜劇ノリを盾に妄想、夢、現実を行き来しているのかすら不明な自由すぎる進行、監視カメラ視点の挿入や撮影自体を映すメタぶり、省略と過剰の行き来、などにひたすら痺れた。「死が制する」映画界への皮肉な目配せ。
浜辺で演出するシーンや花火シーンのデタラメさが最高であった。暗所の照明がもう少し欲しいところではある。