アール・ブリュット。広義には、正式な美術教育を受けていないものの作品を指す。健常者でない方や、心を病んだ方の作品も含まれ、「非現実の王国」が著名なヘンリー・ダーガーや、生涯の殆どを精神疾患で病院で送ることとなった、アドルフ・ヴェルフリなど、奇想と見られる作風が多い。実は、アンリ・ルソーやゴッホも独学という観点からはこの範疇に属する。個性豊かな作風の画家が多いのも特徴かもしれない。
本作の主人公もアール・ブリュットといっても差し支えない思うのだが、浅学寡聞にしてモード・ルイスの名はこの映画を観るまで知らなかった。
彼女の絵は生命感に満ち溢れ、影がない。カナダの田舎、マーシャルタウンの中での自然を原風景として素朴に描き出したその作品群は、どこか、フォービズムのマティスやラウル・デュフィのようでもある。鑑賞者にダイレクトに語りかけてくるような趣きは素晴らしく、いつか本物をこの目で観てみたいものだ。
モードはリウマチを患い、家族の中でも厄介者にされている。嫌気がさした彼女は家を出て行き、家政婦を募集していた魚の行商をしているエベレットのところに、なかば押掛け女房のように居着いてしまう。
モードを演じるサリー・ホーキンスのなんとチャーミングなことか!「シェイプ・オブ・ザ・ウォーター」他でも素晴らしい演技を披露しているが、これほど雰囲氣のある俳優さんは稀有な存在ではないだろうか?そのモードの夫、エベレットを演ずるのは、イーサン・ホーク。これがまたいい。武骨でガサツで、感情表現の下手な夫を見事に演じきっている。
そんなエベレットをモードはこう評する。
「あなたは、純白のコットンよ」
彼女には分かっている。ぶっきらぼうに見えるエベレットに隠された純粋さと愛情を。だから貧しくても幸せに二人は寄り添うように生きていく。
私にとっての映画でのベストカップルは、「黄昏」のヘンリー・フォンダとキャスリーン・ヘップバーン、「ラビング」のジョエル・エドガートンとルース・ネッガだったが、この作品を観てもうひと組加わることになったようだ。
アクースティックなブルーグラスの優しい響の中、エンドロールで紹介されるモードの作品が愛らしい。薪を鉈で割るように、心を打つ一品。