メタ

シェイプ・オブ・ウォーターのメタのレビュー・感想・評価

4.0
" the shape of water "

このタイトルが沁みてくる、ほんとうに。始まりからから最後の詩まで、流れるように。

どうして、"水" の "かたち" なのだろう。

水というイメージが何を伝えてくれるのか。
普通ってなに?、そして性愛とは?、というメッセージを私は感じた。

・正常ではなく「異常」を
正常とは、平均のことである。それならば、平均とはなんだろうか。平均とは計算の結果でしかない。実体はなく、幻想であるといっていい。つまり、平均という「言葉」があるだけである。言葉に還元できない部分に、個性があり、私がある。だから、普通という場所に、"あなた" はない。

そして、注意したいことがある。
正常ではなく、異常こそがあたりまえだ、ということだ。なぜならば、あなたも私も、平均値に還元できない個性を持っているからだ。あなたも私も異常、これが当たり前である。

しかし人は、自分のアイデンティティを守るために、平均にすがろうとする。私はまともなんだ、という保証が得たいがために「正常」に拘る。そして、異常を排斥しようとする。その例として、差別やいじめがあるのだろう。この映画でも、いろいろなところに差別が転がっていた。

けれど、それにすがるしかないのだろうか?
いや、違う。
あなたにも、私にも決まった形などない。「水」のように自由なのだ。
澄んだ水のような綺麗さ。
この綺麗さを誰でも知っていたはずだ、持っていたはずだ。
取り戻せないことはない、と思う。
あなたは、この映画を見て共感できているのだから。


・性愛に真正面から
この姿勢こそが、人の本質にせまるためには必要なはずだ。人という生き物のどうしようもなさ、つまり、言葉以外の「動物的」領域。この部分を無視しない表現に、私はとても共感できた。

言葉以前の領域。
そこには、良いも悪いもなく、概念すらない。
言葉という檻から自由になり、自分、他人という境界からも離れる。そこにあるのが、性だったり、愛だったりするのだろう。

それが、<変性意識>の領域である。
これを表現するために、形のない「液体」がしっくりくる。水の中で抱きあう2人の姿、観ている我々観客もフュージョンしてくるよう。
変性意識状態の例として、フュージョンセックスなどの経験がある人もいると思う。自我、他者が溶け合い、時間を超越する感覚。その「感じ」、大事にできているだろうか。

液体的イメージの連続。
そこでは、水の冷たさと柔らかさを感じる。
とても素直だ。
言葉を忘れて、もとの「世界」の可能性にただただ癒された。


・最高の友人ゼルダ
ゼルダって最高の友人ですね。友人の性を理解し、応援する。
とても良いシーンがあった...

魚人役の方、ペイルマンとかシルバーサーファーもやってたんですね!




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http://interaction.hatenadiary.jp/entry/2018/03/19