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シェイプ・オブ・ウォーターのnucleotideのレビュー・感想・評価

5.0
幼き日のデル・トロ監督が夢想した、もし『大アマゾンの半魚人』が最後に殺されることなくヒロインと結ばれていたら?を実現させたこの映画は、アメリカに侵略される南米を象徴させた半魚人をはじめ、口がきけない障害者や、初老の同性愛者、60年代当時の南部の黒人女性など社会的弱者を記号的に浮き彫りにすることによって、全世界が直面している移民排斥の問題に一石を投じる、政治的アレゴリーの色合いが強い物語に仕上がっている。

「虚構の物語は辛い現実を乗り越える力になり得るか」という命題に回答を示したという点では、ウディ・アレン監督『カイロ紫のバラ』と同様の問題意識を抱えた作品だと解せるが、しかし、現実逃避的に映画の世界に居場所を再発見したウディ・アレン的イロニーとは大きく趣を異にした力強さが『シェイプ・オブ・ウォーター』には迸っており、今作がアカデミー作品賞を受賞した事実と併せて大いに注目すべき点であろう。

言葉を発することができない主人公像をここに深掘りしていくならば、『人魚姫』を底本としたアンデルセン的孤独の表象は、劇中歌「You never know」において惜しみなく披露される、クリーチャーに愛情を注ぐオタクの孤独感にそのままなぞらえることができる。更には個を超えて、社会的弱者全体を言葉を発することができない主人公へと見立てることによって、唖でありながらポリフォニック(多声)であるという鮮やかな二重性をここに読み取ることができる。

今作のヒロインが映画館の二階に住んでいることや、半魚人が再生能力を持つという描写も意味深長である。過去の映画の蓄積や伝統への眼差しを感じさせる、映画ファン特有の心の琴線に触れるディテールではないだろうか。

目に見えないものの探求がソクラテス以来の哲学の営みであり、芸術もまたそうした形而上学の一端を担うものであるならば、「水のかたち」に仮託された無形のなにかを描き出そうとしたこの作品は正しく芸術であり、哲学的だと言えるだろう。
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