朱音

シェイプ・オブ・ウォーターの朱音のネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

極めて独創的、非の打ち所がない、傑作。

圧倒的な密度で作り上げられた世界観。
色相環の補色に位置する緑と赤を基調に、調和のとれた美しい色彩。
美術背景、衣装、車など画面に映るありとあらゆるものがその世界を構築するディテールとなってそこに存在している。
この徹頭徹尾、異常なまでに作り込まれた完璧なヴィジュアルがあればこそ、外連味たっぷりの動きのあるカメラワークにこの上ない心地良さが生まれる。もっと見せてくれ。もっと観ていたい。そういう強い求心力がこの世界観にはある。

水水浸しになった古いアパルトメント、イライザの部屋など、他では味わえない極上のファンタズムを堪能できる。
色彩の美しさは言うに及ばず、ショットの構図、陰影の付け方も実に素晴らしい。


キャラクター1人ひとりに人間味があり、美醜清濁があり非常に興味深い。
それらを説明的ではなく、習慣や癖、嗜好品などの小物に寓意性をもたせて端的に描写している。
とりわけ興味深いのがマイケル・シャノン演じる元軍人のストリックランドというキャラクターで、
トイレに入るなり先ず手を洗い「小便の後に手を洗う奴は軟弱だ」などと言ってのけるエピソードは思わず笑ってしまうが、半魚人に咬みちぎられた薬指と小指は、妻と子を表していて、彼が取り返しのつかない所へ進んでいってしまうに従って腐り、腐臭を放つようになる。
ものにした後はケアしない、いかにもこのキャラクターらしい傲慢さを表している。
また彼は事あるごとにキャンディーを口にする。
彼の言うところの「まとも」なヌガーとかの入ったお菓子ではなく、古臭くてありきたりなそのキャンディーを好むのは、それが彼にとっての自由であるからだ。
米ソ冷戦期において軍役に就いていた彼は全体主義的な風潮に積極的に加担し、その中で「まとも」な人間として認められる事を良しとしてきた。
その彼にとっての最後の抵抗とも言うべきそのキャンディー、マイノリティーや被差別者、弱者達へのシンパシーを無意識のうちに内包しながらも、彼はそのキャンディーをすぐに噛み砕いてしまう。

この矛盾したキャラクターの見事さ。


デル・トロ監督はファンタジーと慈愛に満ちたロマンスの中に、しっかりと現実と冷酷、そしてグロテスクを非常に優れたバランス感覚で描き切る。
半魚人のフォルムをはじめ性的なものや暴力を、容赦なく、生理的に気持ち悪いと感じるギリギリのラインにちゃんと抵触させる事を徹底していて、そこにはデル・トロ監督の独自の人間観や愛、誠意が込められており、故に強烈な実在感と説得力がある。

イライザと半魚人の彼の愛に満ちたセックスと、それとは対照的に描かれるストリックランドと妻の、一方的で乱暴なファックのシーンなど印象的だ。
彼を脱出させる際にホフステトラーが警備員を殺害する場面を見せたりと、単純な善性・悪性、美・醜どちらにも偏らない。

個人的にはもっと性描写に具体性があっても良かったと思う。


イライザは声を発する事が出来ない。
隣人でゲイのジャイルズや、面倒見の良い同僚ゼルダ、彼らもまた同様にマイノリティー的立場にいる、善き人たちである。
友人としてイライザを案じ、親身に接してくれる。
それでもイライザの最奥にある孤独感は決して癒えることはない。
半魚人の彼はそのイライザをありのままに慕ってくる。同様に彼女もまた異形の彼をそのまま受け入れる。
想いを伝える術に乏しい彼女にとって、言葉の不要な彼とのコミュニケーションは他には代え難い、深いところに、救いとなって浸透してきたのだろう。
たとえそれが一方的なものであったとしても。彼女はそれを自覚している。

だからこそのあのラストは奇跡のように美しい。


構成するすべての要素が高度に洗練された最高峰の一作。
朱音

朱音