福島と東京、、距離はあるけれど、あの日以降、関係性はとても深いはず。でも、実際はどうなんだろうか?
震災で母親を失い、父親は土壌汚染で農業ができず、住んでいた家にも住めず、仮設住宅で父親と暮らす女性が主人公。週末バスであるバイトをしに東京へ向かう彼女の姿は、一方通行にも見えなくはない。
そして、さらに距離のある兵庫に暮らす私は、どう捉えたら良いのか?
この映画が、福島の今をどこまで正確に描いているのかは私には分かりません。多くのエピソードが取り込まれていますが、これまでにも見聞きしたことで、目新しいわけではない。それでも、福島の風景とともに観る人々の姿には、やはりどうにもできない苦しさやもどかしさが伝わってきます。
そして、それが決して過去のことではないこと、さらに未来も見えないことも。
私達は、何を得て何を失い何を残し、これから生きていくのか?
失くしたものはあまりにも大きいけれど、この先を選択することはまだまだ出来る、、そんな事を考えながら観ました。
彼女の心の傷の深さや、なぜあんなバイトをしに東京へ行くのか、私には計り知れないです。ただ、彼女が、ご飯を炊き食事を作り父親と食べるシーンが何度も出てきて、それを観ていると、この人達は、時間はうんとかかるかもしれないが、きっと大丈夫、、と思えました。
忘れやすい私達のために、とても難しい題材だけど、「フクシマ」映画を作り続けてほしいと思います。キム・ギドクの「STOP」も気になりますが、やはり日本人が描くフクシマをもっと観たいと思います。