dm10forever

ロング,ロングバケーションのdm10foreverのレビュー・感想・評価

4.0
【Me And Bobby McGee】

老後の夫婦にとっての二人旅。それは長い人生、夫婦生活をもう一度辿る旅。

家族×ロードムービーとなると、「失った時間を取り戻すための再生の物語」みたいなものが多いが、この作品では逆に「少しずつ失われていく時間や思い出を少しでも繋ぎ止め、二人で慈しむための旅」だった。個人的にこの着眼点は見事だと思ったし、何より主演のヘレン・ミレンとドナルド・サザーランドの名演がピタリとはまった作品となった。
まるで、ずっと前から本当の夫婦だったかのような「つかず離れず」の距離感はなんとも絶妙で、取り扱っているテーマは結構ディープなのに、手を繋いで、お互いの目を見て名前を呼んで、そしてハグをするだけで不思議と波が収まるかのように穏やかな空気が流れる。
「夫婦生活とは長い会話である」とはニーチェの名言ですが、こうやってお互いの横に寄り添うだけで言葉すらなくても理解し合える夫婦関係っていうのは、ある意味「理想的」なんだと思う。

日本でもどんどん高齢社会化してくなかで、決して他人事なテーマではないし、映画の作り自体もコミカルなだけではなく時にシビアでシニカルな描き方も織り交ぜられているため「ニヤリ」としてしまう場面と「ハッ」としてしまう場面の連続だった。

特にドナルド・サザーランドの認知症の演技はとてもリアルで、相当な時間をかけて役の造りこみをしたのだろうという事が想像できた。

夫婦が辿る「人生の軌跡」とも言うべき旅路の果てに待っていたものとは、果たして絶望だったのだろうか?

・・・僕はそうは思わない。

このラストの展開も全て含めた「夫婦の二人旅」なのだ。
時に「悲劇」にも「喜劇」にも見える、まさに「ある夫婦」の生き様であり、人生という旅路の終え方を一つの形として表しているのだ。

これは「痛い」とか「苦しい」という類のものではなく「愛」なんですね。昨日今日に気が付いたバブルのような軽いものではなく、何十年と長い歳月の中で苦楽を共にしてきたからこそわかり得る極地とも言うべきか。
二人にとっては「少しずつ失われていく命、記憶」が永遠になる瞬間でもありました。

・・・ただ、僕は正直言ってこの作品のラストは「違う」と思った。
それは選択肢としては「いけない」と。
でも・・それは僕が同じ立場にいないから。
遠くから見ている「傍観者」の一人に過ぎないから。
あの二人じゃないから・・・。
ひょっとして、僕が当事者だったら、正解かどうかは別としても、同じ結末を選ぶのかもしれない・・・。

そして、もうひとつ「ハッ」とさせられた点。
それは『高齢者の性』についてだった。
シーン自体はそれほど重きを置かれてはいなかったし、カットもそれほど多くはなかったが、物語の終盤にこんなシーンがあった。

車に乗っている最中にお漏らしをしてしまったジョン。キャンピングバンに戻って着替えをしていると、いつものようにエラが汚れを拭いてくれていた。そんな時、ジョンが「元気」になっちゃうんですね。
「試してみよう」とエラに持ちかけますが
「ダメよ。」と軽くいなします。
「大丈夫。すこしだけ・・・」と言ってジョンは強引にエラを押し倒して始めてしまいます。
「・・・入った。」そう言って二人は嬉しそうな恥かしそうな、まるで初体験の二人かのように初々しい表情を浮かべる。
しかし、そこから動こうとはしない。
「・・・イキたくないの?」耳元で囁くエラ。
「・・・このままがいいんだ」そういってただ一緒になる感覚を確かめるかのように動かずにエラにキスをするジョン。

何かね・・・。性欲を満たすだけのSEXが悪いとは言いません。それはそれだから。
でもこのシーンを観て思ったんです。心と体で繋がっていると感じることが出来ているんだなって。多分それは全身で愛を語っているような感じなんだろうか・・・と。

ラブシーンでジ~~ンときたのは初めてかも・・・。

あと、歳をとった二人が主人公というだけあって、劇中に流れる曲のセンスも絶妙でしたが、中でもジャニス・ジョップリンの名曲「Me And Bobby McGee」はナイスでしたね。
20年来ジャニスのファンですが、この曲はかなり好きでウォークマンでもよく聞いているので、途中、ドライブをしながら二人で一緒にこの曲を口ずさむシーンをみて、ニコニコしながら泣いてしまいました。なんか上手く言えないけど「いいシーンだな~」って。

2人の名優が単に熟練の素晴らしい演技をみせたというだけではなく、実は重くて深いテーマを真正面から描き、それでいて「笑えて泣ける」という色付けが見事な作品だと思いました。
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