静かな鳥

検察側の罪人の静かな鳥のレビュー・感想・評価

検察側の罪人(2018年製作の映画)
3.9
【試写会にて】
「正義」という言葉は、人によってその捉え方や定義が異なるものだ。ある者にとっては罪を犯すことさえもが正義になり、また、ある者にとってはその正義自体が罪になる。では、正義は何処まで許されるのか。正義なら何をやってもいいのか。己の信じる正義を巡って対峙する2人の男。予告編を見て期待していた本作だが、怪作にして快作。激しい熱量がスクリーンに迸る。

原田眞人監督作品を観るのは初めて。滑稽に捉えられかねない癖のある台詞回し。特徴的なカメラワークと編集。なかなかアクは強いが、一つ一つのルックが絶妙にキマっていて見応えは抜群。冷徹でダークな重厚感が味わい深い。
チカチカと頭上の蛍光灯が点滅する廃墟のボーリング場。諏訪部(松重豊)の懺悔室。コンクリート打ちっぱなしの弁護士事務所などなど、ビジュアル重視な空間設計も好み。

本作は"役者の顔"で魅せる! 多用される顔面ドアップのカットに耐え得る"顔力"が揃う。役者と役者、1対1の真剣なぶつかり合い。そんなキャストの熱演が作品を支えている。今までに見たことのない、木村拓哉や二宮和也の鬼気迫る表情を引き出すことに成功した本作の功績は大きい。この映画に賭ける2人の並々ならぬ覚悟を感じた。

他の役者陣も素晴らしい。松重豊は、いつも孤独にグルメしている井之頭さんと同一人物に到底見えない。横顔の"圧"が、なんかもう…ずば抜けている。取調べの間、ずっと手をグーパーしてたりとキャラも最高。
吉高由里子や大倉孝二も役にハマっていた。音尾琢真は近頃、チンピラみたいな役柄が多い気が…。丹野(平岳大)の奥さん役の人も、出番が少ない割にインパクトは強い。

そして、被疑者・松倉を演じた酒向芳の存在感がこの映画に欠かせなかったのは、観た誰もが認めるところだと思う。奇怪なタップダンス、口をパンッ!てする動作、薄気味悪い喋り方と歌声。彼と正対する者を、そして観客を、挑発するような不快さを醸す。23年前の事件のことを語っていくうちに"その瞬間"が頭に蘇ったのか、次第に彼の腰が揺れ出すのにはゾッとさせられた。
本作の白眉とも言える、沖野(二宮和也)が松倉を尋問するシーン。それまでは理屈づめで追い詰めようとしていた沖野が激しい感情を露わにする。劇場が水を打ったように静まり返るこの体験は筆舌に尽くしがたい。

現場検証で、最上(木村拓哉)たちが歩くのをやたら矢継ぎ早なカットで繋いだ編集。作品に不釣り合いに思える、何とも陽気な楽曲。また、その音楽の唐突なぶつ切り。そういったシーン毎の違和感や不穏さの集積が、後半"正義の暴走"として発露する。
確固たる立派な正義など、絵空事に過ぎない。都合よく流用され、使い回され、歪められる正義。善と悪など立場によって簡単に覆る。そんな中で己(の思い描く"ストーリー")を貫き通す為には、一線を越えるしかないのか。雨は罪を洗い流さない。最上がコレクションしているギャベルは「裁き」の象徴だろう。果たして、正義を"切れ味の鋭い神剣"として人が人を裁けるものなのか。

都会のビル群が"鏡"の反射で万華鏡の如く映し出されるオープニング(木村や二宮の名前が、デカデカと表示されるのには正直萎えた)。
その直後の場面では、沖野が研修の一環として、真っ暗な講堂で映像を見せられている。構図によっては、スクリーンを見つめる私たち観客の"映し鏡"のような絵面だ。
後半、沖野と橘(吉高由里子)は、"鏡"を中央に置いたかのようにシンメトリーな体勢で寝る。
このように、作品自体が"鏡"となり、観る者や現実社会を暗闇の画面の中に浮かび上がらせる。

ドナルド・トランプ。北朝鮮。マスコミや権力。登場人物の台詞の端々や終盤の茶番葬儀の場面等から、原田監督(脚本も兼任)の現代に対する怒りが窺える。ただ、そうやって色々と詰め込んだ分、話の焦点がぼやけてしまったきらいはある。
加えて言うと、芦名星のあのキャラ設定はこの映画の雰囲気から浮いてる気がした。それに、川沿いで最上と丹野が話すシーンや葬儀のシーンで奇妙な踊りをしている人たちに何の意味合いがあるのかよく分からない。あ、あと、チャプターが切り替わる時のタロットカードの意味は何だったんだろう?
また、ファミレス店員の「お前らそんなにやりたいか」など、笑いの要素があるのも意外だった。

劇中で言及されるインパール作戦とは、太平洋戦争において日本軍が行ったインド進攻作戦。上からの強硬な命令を受けて愚策ながらも決行され、三万人もの死傷者を出した史上最も愚劣極まりない作戦として知られている。最近だと、昨年の朝ドラ「ひよっこ」にて、主人公の叔父の宗男さん(峯田和伸)がインパール作戦の生き残りだったのが記憶に新しい。

そして現代。時代は移り変わり、社会も一変した。だが、一枚皮を剥がせば、そこにはあの時代と同様、インパールへと続く白骨街道があるのかもしれない。時効、冤罪、司法制度の矛盾。私たちが普段、見たくないから目を瞑り、聞きたくないから耳を塞いで"なかったこと"にする社会の暗部。多くの犠牲を出し、他人を踏み台にしてしか歩みを進めることは出来ないのか。社会の裏に潜む、異界のように鬱蒼とした森。そこでは、何かを必死に掴もうとしても空を切るだけ。真実の所在など分かるわけがない。私たちはそれでも身勝手な正義を無闇に追い求め、彷徨いながら不恰好に叫ぶしかない。ただただ、叫び続けるしかない。
静かな鳥

静かな鳥