ふう

ミスター・ガラスのふうのネタバレレビュー・内容・結末

ミスター・ガラス(2019年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

ふおおおお!!
エンドゲーム後というとてつもないハードル上がりの中、シャマランヒーローサーガを見て果たして楽しめるのか!?とドキドキしましたが、やはり我らの愛するシャマランでした♥️♥️

『アンブレイカブル』では"このように生まれてきた意味とは"
『スプリット』では"恐れているものと立ち向かうものたち"
が私的テーマなのですが、今回は
"我々はただの弱者・異端者・異常者なのか?"
"自分の存在意義とは"
というのが、私の感じたテーマです。

完全にクライマックスの話になりますが、彼らは全員それぞれの"コスチューム"を着て戦います。別にそんなの着なくていいのに。監視者の彼ですらわざわざ取りに行きます(煽られたとはいえ)
それは、結局自分の中の劣っている・異常であるものを正当化するためには、"ヒーロー"でいることが重要だからなのではないでしょうか。

Mr.ガラスがパトリシアに話したことは、
"我々は弱者でも異常者でもない、超人なのだ"
という内容でしたし、彼女の最期も「疑ったとは言わせない」という自分たちの中にビーストという"超人"がいたということの感動と喜びが見てとれます。

『もともと特別なオンリーワン』とはならない現実。人と違うことへの苦痛。その末の救いであるスーパーヒーロー。
それは間違っている道ではあるけれども、もう既に打つ手がなくなった彼らの生きる術だったのではと思います。(余談ですが、『Mr.インクレディブル』と比較すると面白いのでは)
この劣等感へのエールのようなこの三部作は自分の人生に置き換えてもぐっときました。

あと、ケヴィン、よかったね。
でもケヴィンとケイシーが仲良く生活するハッピーエンドも見たかったよ。
ヘドウィグもパトリシアもデニスもバリーもビーストもよく頑張ったね。みんな大好きです。

マカヴォイとアニャちゃんは今後もっともっと見たいです。めちゃくちゃ好きになりました。