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ロダン カミーユと永遠のアトリエのnetfilmsのレビュー・感想・評価

3.6
 「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」というダンテの『神曲』のフレーズ、1880年、オーギュスト・ロダン(ヴァンサン・ランドン)は40歳の時、初めて国から大きな仕事を発注された。それがダンテの『神曲』の一編だった『地獄の門』の制作である。国から支給された天井の高いアトリエ内で作業に取り掛かるのだが、その制作は一向に進まない。それもそのはず、ロダンは生涯においてこの作品は日の目を見ることがなかった。映画は不遇だった20〜30代のいわゆる修行時代を経て、初めて国から依頼されたビッグ・プロジェクトで幕を開ける。パリに建設予定だった国立装飾美術館の庭先に置かれるはずだった幻のモニュメントの制作過程で、ロダンは弟子として若き日のカミーユ・クローデル(イジア・イジュラン)と出会う。当初は師匠の堂々とした足音と自分の作品を見つめるロダンの眼差しに緊張した表情を浮かべていた彼女が、徐々に温和な表情に変わって行く過程が印象深い。無口で聡明、白髪混じりの口髭に薄汚れた白のローブ、およそ取っつきにくい風貌を持ったロダンだったが、20世紀最強の芸術家は稀代の女好きでもあった。「仕事に謙虚さは不要、思ったことは全て言ってくれ」とロダンに言われたカミーユは、「『地獄の門』は非道徳的で、人物たちは欲望に満ちている」と忌憚なき感想を述べるのだが、この時彼女は自分の身にも『地獄の門』と同じような愛欲の海が襲いかかると予期していただろうか?

 ロダン没後100年を記念し、パリにあるロダン美術館の全面協力により制作された今作は、知られざる芸術家オーギュスト・ロダンの秘密のヴェールに包まれた人となりと、最愛の弟子となったカミーユ・クローデルとの愛憎の歴史を描いている。作品としてのロダンの歩みは主に『地獄の門』と、1891年から7年もの歳月をかけて完成した『バルザック記念像』とを象徴的に描いている。前者はカミーユと出会った頃の重要な作品だが完成せず、後者は文豪オノレ・ド・バルザックの記念像として制作されながら、「バルザックの睾丸も性器も隠せ」と酷評され、ロダンを落胆させた曰く付きの作品に違いない。オーギュスト・ロダンの77年にも及ぶ生涯の中で、およそ10年のスパンで完成した作品と未完の作品とを物語の俎上に載せながら、当時のフランスの芸術界隈の在りようすらも克明に記録する。中でもサロン落選組のロダンに加え、モネやセザンヌが皆一様に沈痛な表情を見せる場面には、ドワイヨンの強い筆圧が滲む。特に内に籠る性格だったセザンヌをロダンが叱咤する場面は問答無用に素晴らしい。徹底して好色家だったロダンと、惜しげも無く裸体を披露するヌード・モデルたちの痴態は見せ場であるが、その中でもドワイヨンはカミーユ・クローデルとロダンの内縁の妻だったローズ(セヴリーヌ・カネル)の愛憎関係に注力する。だがカミーユの退場以降の心理や行動がバッサリと斬られ、『嘆願する女』を見つめるロダンの苦渋に満ちた眼差しに統一されたことについては、かえって観客の興醒めを誘ったように思える。狂って行くカミーユの姿に興味を惹かれた我々の思いをぶった切ったドワイヨンの決断は、極めて重大な作品の構造上のミスに見える。
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