ヌーヴェル・ヴァーグの2大作家で夫婦のジャック・ドゥミとアニエス・ヴァルダ。シアター・イメージフォーラムの特集上映「ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語」にて鑑賞。1961年発表のジャック・ドゥミの長編デビュー作で、『シェルブールの雨傘』、『ロシュフォールの恋人たち』とあわせて「港町三部作」と呼ばれる。
この作品は「ヌーヴェル・ヴァーグの真珠」と個人的に興味津々な讃えられ方をしていて、その意味を知りたくなった。故に、「ヌーヴェル・ヴァーグってよくわからん」とスルーしたままにしておくわけにはいかなくなり、ちょっと勉強してみた。とても参考にさせていただいたのは次のウェブサイト。
(http://zip2000.server-shared.com/nuveruverug.htm)
1954年に発行された「カイエ・デュ・シネマ」1月号にフランソワ・トリュフォーが「フランス映画のある種の傾向」というタイトルの記事を書いた。これがヌーヴェル・ヴァーグの始まりで、その趣旨は次のような感じらしい。
当たり前と考えられていた脚本通りに映画を撮る「脚本重視の映画作り」では監督のイメージが脚本にスポイルされてしまう。監督が脚本に書かれたこと以上の感動を「映像」によって表現することが、芸術としての映画である。
そうした視点から作家主義という考え方が生まれてくる。作品ではなく、作家とその個性を愛することが映画を愛することであるということらしい。
トリュフォーの記事に先立つ1948年、フランスの映画批評家アレクサンドル・アストリックスが次のようなことを述べていて、それがヌーヴェル・ヴァーグの作家たちに影響を与えたという。
「映画監督は作家が万年筆で文章を書くようにカメラによって世界を映し出さなければならない。そのために映画監督は、作家たちが苦労して生み出した様々な表現方法をカメラを用いて創造してゆく必要がある」
かくして、<撮影所(映画制作会社)における助監督等の下積み経験無しにデビューした若い監督達による、ロケ撮影中心、同時録音、即興演出など>(ウィキペディア)といった手法により、監督ごとに「独自のタッチ」を持つ映画が生まれるようになる。
作品ではなく、オレ(作家)なのだから、自己主張が強くなるのは当然。「ヌーヴェル・ヴァーグの金字塔」と呼ばれるジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』(1960年発表)なんかタイトルまんまな映画で、既成概念を壊されて、勝手にされちゃった感じ。
そうした作品は、オジサン・オバサン層にはナニコレ?とウケなかった半面、若者からはカジュアルでオシャレとか思われ(多分)、もてはやされた。
個人的に映画の大きな魅力のひとつは、型がないことによる多様性だと思っているけれど、それはヌーヴェル・ヴァーグのおかげなのかもしれないという気がしてくる。もしそうした革新運動がなければ、映画は能や歌舞伎、演劇のように型を持つようなものになっていたかもしれない。
また前置きが長くなってしまったけれど、「ヌーヴェル・ヴァーグの真珠」について。ヌーヴェル・ヴァーグ作品って、ややもすると型崩れし過ぎて、その良さが理解できる人が限られたり、あるいは全く理解されないこともあったかもしれない。
しかし『ローラ』はヌーヴェル・ヴァーグ作品の要素を含みつつも、精緻に組み立てられた物語を美しく表現していて、その様が誰しもが良さを共有できる真珠のようだ、ということなのだろうと(この真珠という例えもあたたかみを感じる映画の雰囲気にあっている気がする)。
キャバレーの踊り子でシングルマザーのローラ(本名はセシル)は、7年前に姿を消した初恋の恋人ミシェルの帰りを待ち続けている。
無気力な青年ローランは、幼なじみで初恋の女性であるローラと10年ぶりに再開し、彼女への思いを再び募らせる。
アメリカ水兵のフランキーはローラに夢中。そのフランキーに、ローラの本名と同じ名前のセシルという少女が、初めて恋をする。
ローラを巡って、ミシェル、ローラン、フランキーの3人の男性が交わることなくギリギリのところですれ違う。そしてそれぞれが、初恋という一生に一度の特別な恋の当事者となっている。
<ロマンチストにして天性の物語作家>(公式ウェブ)と言われることが納得な、甘美で、ちょっとほろ苦いテーマと考え抜かれた緻密な構成。ローラの美しさに加え、見る人が見ればうっとりするようなこだわりの衣装、『シェルブールの雨傘』へとつながっていく台詞付きのダンスシーン。前年に発表された『勝手にしやがれ』を思い浮かべてみると、真珠感がより鮮明になる気がする。
本特集のテーマである幸せに関して考えてみると、ドゥミは戦争の辛い経験ですさんでいたローランにこう言わせている。
「幸せを願うだけで、すでにちょっとだけ幸せなんだ。人生は美しい」。
「どんな些細なことでも、生きる力となる」とはナチスの強制収容所で生き残った方の金言だけれど、ローランの台詞はその本質において同じである。初恋相手との再会は、きっと生きる力を与えてくれるのだろう。
●物語(50%×4.5):2.25
・幸せと切なさが同居する、味わい深い物語。
●演技、演出(30%×4.5):1.35
・ローラのダンスシーンが印象的。
●映像、音、音楽(20%×4.5):0.90
・ベートーベンのシンフォニーが効果的。