静かな鳥

女は二度決断するの静かな鳥のレビュー・感想・評価

女は二度決断する(2017年製作の映画)
3.6
「移民を狙ったネオナチによる爆弾テロで夫と息子を亡くした女性が…」というあらすじから「社会派」な物語が想像される。が、そんなジャンルの枠組みをいとも簡単に飛び越えながら、家族を奪われた1人の女の行く末に徹底的にフォーカスし続けた作品。きっちり3部構成(どれもサブタイトルがシンプルながら秀逸)になっているので、ジャンルの切り替えがとてもスムーズで気持ちが良い。

兎にも角にも本作はダイアン・クルーガーの存在なしには語れないだろう。 哀しみと虚しさ、そして怒りが同居したその佇まいと顔つき。事件前に妊娠していた友人が、家に連れてきた赤ちゃんを見つめる空虚な眼差し。法廷でキスをする被告人らを睨む殺意の目。証人が遺体の損傷具合を説明している際の苦しさを湛えた顔。「犯人が捕まった」と伝える留守電を繰り返し聞くのも印象的。彼女は終始出ずっぱりで、観客はその表情に、また次第に表出する予測不能な言動に呑み込まれていってしまう。

そもそもダイアン演じるカティヤは、タトゥーや麻薬等の描写で「危うさ」を抱えている事が示唆されている。"1 家族"では、そんな彼女が孤立してゆく様が描かれる。親などの親戚との意見の相違、夫を疑いの目で見る警察…。冒頭、爆発前の"最後の別れ"で意味深にフラグを立てる撮り方をしていないのがとても良い。絶望にいるカティヤの心情を反映したかのように"1"の間ずっと降り続ける雨が、窓越しに彼女の顔に反射する。初めの獄中結婚式のシーンや家宅捜索のシーンなど長回しを全体的に多用した撮影も素晴らしい。風呂場でのアレは、その画作りも相まって静かだが強烈。

"2 正義"では、システマティックでかっちりした構図のカメラワークと随所のスローモーションで捉えられる法廷劇(そもそも法廷内のデザイン自体が無機質さを強調している)。天井から見下ろしたような俯瞰カットがあるのも、法で裁く「神の視点」として機能していて巧み。それ以前に、場所が固定され会話ばかりで画が平坦になりがちな法廷を、役者達の演技とテンポの良さで一瞬足りとも見逃せない緊迫感に仕上げている。その中で、ドイツの現状を浮かび上がらせるのも忘れない。始まってすぐの被告の弁護人のイライラさせてくる態度とか上手くて彼が嫌いになる。判決時にドリーズームが使われるのは今思えばベタな気もするが、そこでの余りの不条理さ・理不尽さで鑑賞中は気にならない。

サスペンスフルな演出と音楽の中、"3 海"でカティヤが1つの決意の為に動き出す。小鳥で葛藤を表現しているのが良い。ただ私達は、彼女がどんな行為を行おうが、復讐に手を染めようが、スクリーンを隔てたこちら側に座って見ている事しか出来ない。私達は当たり前だが当事者として考える事は出来ないし、彼女の気持ちを理解するのにも限度がある。ビデオカメラの映像の中で、息子が「こっちへ来て」とカティヤを海へ誘う。彼女が息子や夫の待つ"海"に行くのを止める事は誰にも出来ない。ラスト、ピントのボケた映像から徐々に姿を現し、その車のドアを開ける彼女を止める事も誰にも出来ない。その遣る瀬無さを噛みしめ、炙り出される問題提起を考える事だけが私たちには許されるのだ。



余談
法廷の場面で、弁護士や検事が自分の発言の最後に毎回「ダンケ!」って言うのが好き。