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女は二度決断するのpanpieのレビュー・感想・評価

女は二度決断する(2017年製作の映画)
4.8
またまた素晴らしい映画に出会ってしまった。
GW中に上映が始まったのだが上映が終わりそうな映画を優先してしまったのでやっと観に行けた。
初めて予告を観たのはいつだったろう。
予告を観た時から釘付けだった。
辛い映画と容易に想像出来たがとても惹き付けられていた。



舞台はドイツ。
どう見ても刑務所に見える建物内で白いスーツを着た長髪の中東系の男が向かった先には体にタトゥーをたくさん入れた白いドレスを着た美しい白人の女が待っていた。
どうやら二人は獄中で結婚式を挙げている様だ。
神父の誓いの言葉も待つのが辛い程見つめ合い激しいキスをする。
どんな事情があるのかは分からないけど愛し合っているんだな。

そして時は流れあの美しい女は母親になっていた。
傍らには可愛らしい男の子がいて二人は手を繋いで信号を渡ろうとしていた。
そこへスピードを上げた車が突進してきてあわや轢かれそうになる。
男の子も女も無事だったがこれから先に観ている私達に不安を残す。
信号を渡った先にあの長髪の男が机に座って仕事をしていた。
男の子と女を見つけると険しい顔はほころび満面の笑みを浮かべる。
「ロッコを頼むわ、ヌーリ」
ロッコと呼ばれた男の子は嬉しそうに父親ヌーリの膝の上に座る。
「行ってらっしゃい」
笑顔で手を振るロッコとヌーリ。
カールした髪と丸眼鏡が可愛らしいロッコにとてもよく似合っている。
これが最期の別れになるなんてカティヤはこの時想像もしていなかった。

友人のお腹の大きいビルギットとスパで汗を流し楽しい会話で時を過ごしたカティヤが帰路に就き夫の事務所付近に着いた時ロープがはられ人でごった返していて道路は封鎖され車は通行禁止になっていた。
「何があったの?」
見ると夫の事務所辺りが騒然としている。
嫌な予感がしてカティヤは車を降り駆け出す。
目に飛び込んできたのは事務所付近一帯が黒く焼け焦げドアもガラスも跡形もなく粉々になっていた…



↓ここからネタバレあります。↓





レビューを書きながらずっと涙が溢れてくる。
本当に可愛らしい男の子だった。
私も母親だから分かる。
子供が小さかった頃を思い出すと今と違って全く自分の時間はなかった。
娘が幼稚園に上がってその間に初めて観に行った映画は忘れもしない「マトリックス」。
今と違って次の映画のハシゴも観た後お茶をして帰るゆとりも全くなく飛んで帰った記憶がある。
でも限られた時間で自分を取り戻しまた家族に接する事が出来た。
あの頃を思い出す。


事故で怪我をした人が収容されている病院に連れて行って貰っても二人はいない。
ここに来れば会えると思ったのに。
身元を確認出来ない遺体が二つあると言われ大声で叫び泣き崩れるカティヤ。
最後に一目会いたいと言っても2人の体はバラバラで抱きしめて最期のお別れさえも言うことが出来ないなんて酷すぎる。
何でこんな事になったのだろう。

トルコに住む義母が「あなたが面倒をみていればロッコだけでも助かったのに」と言い放つ。
あんたも同じ母親なら自分も幼いヌーリを夫に預けたことはなかったのかい!
家族を一瞬にして失ったカティヤは辛すぎる状況に耐えられず麻薬に手を出す。
家宅捜索で麻薬が発見されてカティヤは取り調べを受ける事に。
何故家宅捜索?
警察は麻薬はヌーリのものかと執拗に聞いてくるのでカティヤはそれに腹を立て自分のものだと認める。
幸い少量だった為逮捕にまで至らずに済んだ。
それに対して実母も容赦ない。
「ヌーリのせいにすれば良かったのに」
ヌーリは収監される前麻薬の売人だったのだ。
傷付いたカティヤに身内からの暴言が刺さる。

バスタブに水を張り両手首を切った。
死のうと思っていたら犯人が捕まったと留守電に話す友人の声が聞こえてきた。
死ぬ事を諦め何とか生きていられたのは犯人が捕まり裁判が始まるから。
それだけがボロボロのカティヤを支えている唯一の拠り所だった。
夫の友人で弁護士のダニーロが弁護を務めることになった。


スパに行く前見慣れない若い白人の女が新品の自転車に鍵も掛けず夫の事務所前に止めたのでカティヤが「鍵を掛けないと盗まれるわよ」と声をかけたが女は「すぐ戻るから」と会話をしてその場を離れた為顔はしっかり覚えていた。
捕まった女は間違いなくあの時声をかけたあの女だ。
女と一緒に夫も爆弾を作った事で逮捕され裁判にかけられていた。
これで裁ける。
本当はこの手で殺したいが法で裁いてやる。
検視官の辛い報告を泣きながら聞いていたカティヤは辛すぎて退廷する時あの女の横を通り過ぎる時もう理性では抑えきれずに掴みかかって殴ってしまう。
法廷は騒然となり今度やったら裁判を傍聴する事は出来なくなってしまう。
カティヤにとって辛い時間が流れる。

絶対に勝てると思っていた。
当たり前だ。
無抵抗だった夫と子供を爆死させたのだから。
絶対に許さない。
問答無用な筈だ。
私も信じていたが状況が少しずつ予期せぬ違う方向に動いていく。
相手の弁護士がなかなかやり手だったのだ。
二人のアリバイを証言する男が現れる。
極右勢力団体に所属する男だった。
嫌な予感しかしない。
裏で何かあったのだと容易に想像がつく。
子供だった頃被害者だけでなく明らかに悪い奴にも弁護士がつく矛盾に気付いた時子供心に因果な商売だな、検察の方がよっぽどいいと思ったものだ。
明らかに黒に近いグレーだがアリバイもあるし証拠が不十分で無罪?
疑わしきは罰せず?
何言ってるの?
予期せぬ判決に叫ぶカティヤ。
辛い気持ちを紛らわそうとして使った麻薬のせいで証言の信憑性を問われあの日絶対に見たあの女を裁けないなんて!
観ていて私も本当に辛く苦しく悔しかった。


裁判にも腹が立ったけど警察がカティヤに聞く事がまるで容疑者への事情聴取の様だった。
被害者家族なのに。
まるでヌーリが悪いから殺されたんだと言わんばかりの警察の態度や家宅捜索なんて馬鹿げているのに警察は態度を改めない。
腹も立ったがこれから裁判で裁かれるし、なんて思っていたら思いがけない結果に唖然とした。


ビルギットが無事出産しカティヤを心配して様子を見に来た。
事件前に心が通じあっていた親友だったのにカティヤは子供をなくしビルギットは子供を授かった。
どちらも何も悪くないのに立場が微妙に違ってしまって気まずい時間が流れ話は弾まず沈黙が流れる。
無垢な赤ちゃんを見てカティヤはロッコを追い出し泣きそうになる。
このシーンも辛かった。


味方はいない。
あいつらは絶対に許せない。
二人を返して!
法で裁けないなら私が裁く。
カティヤの出した結論に同情した。


この後のカティヤが普通の主婦の思い付く様子に逆に共感した。
銃で撃ち殺すとかナイフで刺すとかの裏社会の人間のやりそうな事ではなく普通の妻、母親の考えそうな行動が誰にも頼らず誰も巻き込みたくないから頼れない辛さと重なってリアル。
ダイアン・クルーガーが予告では髪型や服装やタトゥーなどからもっと激しい役なんだと思っていたが意外にも内面が普通の母親を演じていて観ていてすんなりと感情移入出来た。
ダイアン、素晴らしい!
こんな女優さんだった?
耐えられない悲しみや怒りが事件後痩せてやつれて自然に涙が溢れる演技に何度も泣かされた。


今回作られたのは圧力鍋を使った爆弾だった。
「パトリオットデイ」を思い出す。
ロッコとヌーリが殺された同じ爆弾を作って奴等を同じ目に遭わせてやりたい。
「パトリオットデイ」を観た後はテロリストしかこんなの作らないでしょと思っていたが家庭にある圧力鍋を使ってネットに作り方がアップされているし主婦でも簡単に作れる事に愕然とした。
何より愛する夫と子供を殺した同じ爆弾で殺したい気持ちは伝わった。
〝目には目を〟を描いた今作に賛否両論が巻き起こったそうだが私も同じ立場だったらやるだろうか。
いや、実際に行動に移すのはなかなか覚悟がいると思うしどうするか考えても分からない。
一度目の決断は理性が働いて思い止まってしまう。
想像を絶する苦しみを癒す為にカティアが取った二度目の決断は辛いし他の選択肢はなかったか考えてみたけど彼女の気持ちを思うと理解出来た。
「もう苦しまなくていい。
私もそっちへ行くから待ってて」
カティアの心の声が聞こえてきそうだった。


惨い殺され方をして明らかに黒で犯人なのに法で裁けないなんて。
殺された方に前科があったり普段の素行が悪かったり品行方正じゃなかったら逆にまるで殺された方に落ち度があったから殺されたかの様に警察は尋問まがいの聴取をするしその間にもっときちんと広範囲で捜査しろよ!と思ったし裁判もただいたずらにカティヤを傷付けただけだ。
この判決の後にカティヤは殴った時を思い出しあの時殺しておけば良かったと激しく後悔した筈だ。
激しくカティヤに感情移入して思い出しただけで今でも泣けてくる。
困った。


ドイツはナチスドイツの負の遺産を後世に伝える為保存し同じ事が永遠に起きないようにと真摯な態度を取っていたと思っていたが移民問題が世界各地で勃発している現在徐々に戦争を知らないドイツ人の中にヒトラー崇拝者が増えてきているそうだ。
やはり人間は愚かだな。
同じ事を繰り返さない様に祈るばかりだ。


ドイツで生まれ育ったファティ・アキン監督は実際にネオナチによる何年にも渡った事件がドイツ国内で続いた時今作を撮ろうと思ったそうだ。
さぞかし恐ろしい思いをした事だろう。
その経験がその思いが今作を作り上げそれに賛同したドイツ人女優ダイアン・クルーガーに迫真の演技をさせたのだろう。
出演者もドイツ人だったり中東系だった役者も多く演じるというよりその役そのものに見えた。
犯人の弁護士役を演じたヨハネス・クリシュが賢く狡猾でカティヤの真っ直ぐで率直な弁護士より一枚上手だったのが余計にリアルで悔しかった。
でも現実ってこんなものなんだろうな。
2度目を観に行くにはあまりにも辛すぎるけど頭を占めて離れない今作をもう一度観て咀嚼した方がいいのかな。
私達日本人もネオナチからすると同じ有色人種なのでいつか牙を剥かれる事もあるのかもしれない。
そう考えると恐ろしい。
そんな日が来ない事を祈っている。
とても考えさせられる映画だった。
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