Inagaquilala

ジュピターズ・ムーンのInagaquilalaのレビュー・感想・評価

ジュピターズ・ムーン(2017年製作の映画)
4.0
不思議な作品だ。予告篇やポスタービジュアルからは予想もつかない哲学的な会話も含んだ思索に富んだヒューマンドラマだ。とくに主人公でもある難民キャンプで働く医師シュテルンが語る神についての言葉は印象的だった。そういう意味で言えば、冒頭に登場する木星の月(まさに「ジュピターズ・ムーン」)の話は、生命が宿るとも言われる月のひとつ「エウロパ」と「ヨーロッパ」をアナロジーするこの作品を象徴するイントロダクションとなっている。人が重力を操り、空中浮遊するというかなりSF的設定ではあるのだが、その実は、かなり政治や宗教の問題も絡むメッセージ性の強い作品でもある。

シリアからの難民である少年アリアンは、川を泳いで渡り、ハンガリーに入ったところで国境警備隊の男に背後から撃たれて倒れてしまう。しかし、そこで彼の身体に変化が起き、重力を操り、空中浮遊できる能力を得る。一方、難民キャンプで働きながら、カネを取って難民を逃している医師シュテルンは、この少年の特殊な能力を目撃し、彼を使ってさらにカネ儲けを企む。シュテルンは医療ミスで患者を死なせてしまい、訴訟を取り下げてもらうためにカネが必要だったのだ。

物語は、この医師と空中浮遊の能力を持つ少年のバディものとしても成立している。少年の能力を知り、彼を捕まえようとする公的な組織。医師のシュテルンは、少年と行動をともにするうちに、いつしか追っ手から彼を守り、自由の地へと逃がすことをめざすのだった。その逃走劇のなかに、難民やテロなどの問題も挿入し、アクションもあるのだが、一筋縄ではいかない硬派な作品に仕上げている。

そして、何よりもこのハンガリーの監督コーネル・ムンドルッツォが展開する映像的野心も見どころのひとつかもしれない。冒頭の難民たちが川を渡るシーンや、カーチェイスのシーン(クロード・ルルーシュの短編を思わせる)など、そこここにワンショットの長回しを用いて、不思議な臨場感を醸す映像を提供している。また、少年の空中浮遊のシーンでも長回しは使われており、あり得ぬ状況をリアルに感じさせる見事な演出を施している。ブダペストの街を足元に見て、少年が空中を浮揚していくシーンは圧巻だ。たぶんこのシーンを思いついて、そこから作品を構築し始めたのではないかと思わせるくらい、監督はこのシーンに注力しているように思う。

とにかく、ただのSFアクションではなく、かなり注意深くつくられた作品であるということは確かだ。カンヌ国際映画祭で、審査員のウィル・スミスが「何度でも観たい」と絶賛したのもうなずける。自分ももう一度、じっくりと観てみたいと思った。この監督の、同じく第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリを獲得した「ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲」も観てみることにしよう。ハンガリーから不思議な才能を持った監督が現れたようだ。
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