ビューティフル・デイ、観賞。
原題はYou were never really here。このフレーズがクールに表示されるまでのアバンタイトルで、早くもこの作品のトーンは決定づけられる。また邦題はラストの会話から引用されているが、このチョイスは極めてハードボイルド的センスから為されている。徹頭徹尾ハードボイルドな道具を用いて、リリカルな世界観を紡ぎ出している。リン・ラムジーらしいタッチだ。
未来と自分自身に興味を喪い、過去に縛られた男のパーソナリティを文字通り体現しきったホアキン・フェニックスの肉体に息を呑む。鈍重だが儚い。この浮遊感は映画全体の空気感とも同調している。
ハンマーという得物からさぞ酸鼻を極めたシーンが展開されるかと思いきや、暴力そのものが直截的に描かれることはほぼない。映画の大部分は、広い意味での暴力の予兆と余韻で構成されており、ここでもまた道具立てとタッチの乖離により、リリカルな浮遊感を醸成している。
冒頭のタクシー運転手や、侵入者との床ユニゾン歌唱、水中での葬送、そしてダイナーでの白昼夢などハードボイルドにマジックリアリズムを注入したような演出も印象的だ。
もうひとつ印象的なものに音楽がある。ファントム・スレッドでも起用されていたレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドの不穏で暴力的なスコアと、対照的なオールディーズソング、それぞれの雄弁さだ。この音楽の雄弁さもまた今作のコンパクトさに寄与していると思われるが、個人的には些か説明的に過ぎる使い方だなと感じた。今から暴力ふるいに行きますよー、って音楽が語りすぎ、酷いシーンだけど音楽は懐かしのヒットソングですよー、ってパターンが多すぎで少々興ざめ。映像と音楽が寄り添いすぎていて膨らみに欠けていると感じる。その意味で少しベイビー・ドライバーを思い出しもした。
描写や感傷、冗長な説明のカットというミニマリズムはハードボイルドの特徴のひとつだが、その端折り方に監督独自の美学が光る作品だ。