TOSHI

ラブレスのTOSHIのレビュー・感想・評価

ラブレス(2017年製作の映画)
-
神話のような重厚な作風で、世界的に高く評価されている、ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督だが、本作も「ラブレス(愛のない)」というタイトルからして、冷徹な内容が予想され、観る人を選ぶ作品だろう(ラブレスは英題に基づくが、原題Nelyubovは、嫌いという意味)。本作もズビャギンツェフ監督が追求する、家族の崩壊がテーマだ。

冒頭の雪が降る湖の、冷たい風景が象徴的だ。ピアノの旋律が徐々に激しくなり、何か嫌な事が起こりそうな、不穏な空気が漂う。アレクセイ(マトベイ・ノビコフ)は放課後、真っ直ぐ家には帰らず、川沿いの森林を歩いていた。落ちていた紐を拾い、宙に向かって投げると、木に引っ掛かり風になびく。

自宅に帰ると、住宅仲介業者とその顧客が来る。母親であるジェーニャ(マルヤーナ・スピヴァク)の美貌と、アレクセイへの圧迫的な態度が強烈だ。一刻も早くマンションを売却したい彼女は、苛立っているようだ。美容サロンを経営する彼女と大企業に勤める夫・ボリス(アレクセイ・ロズィン)は離婚協議中だった。それぞれ既に別のパートナーがいて、新生活を始めようとしているのだ。問題は、どちらがアレクセイを引き取るのか。どちらも親権を押し付けて、自分はゼロから再出発することを望んでいるようだ。12歳のアレクセイからすれば、自分が重荷のように扱われ、絶望的に疎外感を感じる環境だろう。そしてジェーニャが文句を言いながらトイレで用を足し、ドアを閉めるとその裏には、アレクセイが声を殺し、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、泣いているのが悲痛だ。

ジェーニャがボリスと結婚したのは、妊娠の中絶を要求する母から逃げ出したかったからであり、現在の裕福な年上のパートナー・アントン(アンドリス・ケイシス)も、今の家族から逃げ出したいから付き合っているように見える。彼女は母から愛されなかった故に、自分も子供を愛せないと言う。ボリスも若いパートナー・マーシャ(マリーナ・バシリエバ)は妊娠して臨月を迎えようとしており、捨てないでほしいと泣きつかれ、同じ事を繰り返しているようだ。

何故、最初に映されたアレクセイの内面をあまり掘り下げずに、親夫婦の描写が続くのかと思っていたが、両親がデートで家を留守にする中、突然、失踪する(2日学校に行っていない連絡を受けて分かる)。アレクセイの内面を印象付けない内に、存在を消す意図の演出なのだろう。
警察は、その内に戻るだろうと取り合ってくれず、市民ボランティアを紹介するのに驚く。更に驚くのは、この自警団のようなボランティア団体の組織力だ。通信機器とナビ装置を活用し、リーダーの的確な指示の元、手分けをして張り紙や病院患者の確認をする。ボランティアの一人が同行した上で、ジェーニャ夫婦は、彼女の母の家にアレクセイを探しに行くが、敵意剥き出しで、中絶せずに子供を作った事を攻める有様だ。手掛かりなく戻る車中で、ジェーニャが言うセリフが凄い。「もともと結婚なんてしたくなかった。母と一緒に住みたくなかっただけ。あなたに利用されて妊娠し、子供を産まされ、結婚する破目になった。あなたが私の人生を台無しにしたのよ。全部あなたのせいよ」。此の親にして、此の子ありという感じだ。
ジェーニャ達の身勝手さとは対照的で、献身的なボランティアは、森の中に入り、雪の降る中、言葉を発する事なく、夜遅くまで捜索を続けるが…。答えはなく、救いもない結末に打ちのめされた。

本作で繰り返されるのが、随所で挿入される、テレビやラジオから流れる、世界の終末感を背景にした宗教集団の台頭や、ウクライナ紛争等のニュースと、スマホを手放せないジェーニャの描写だ。彼女はパートナーといる時でも、SNS用に自撮りをする。不穏な世界情勢の中で、自分しか愛せなくなっている現代人を表しているようだ。人間が自分と同じように、他人を愛せないのは当然で、それでも社会で生きるためには、他人を愛する努力をしなければいけない訳だが、現代人はその努力ができなくなり、自己愛に開き直りつつあるのではないか。SNSで世界中の人と共感しあえているようで、実は他人と共感する力を失い、孤立しているのだと感じる。

イングマール・ベルイマン監督の影響が感じられるズビャギンツェフ監督だが、本作は「ある結婚の風景」を意識して制作したそうだ(当初は、リメイク企画だったという)。しかし同作のように、離婚後にわだかまりなく話せるようになるといった救いがなく、ひたすら観客を突き放すのが、ズビャギンツェフ監督ならではだった。捜索の過程で、公園の闇の中に消えて行く人等、何故この人物をアップにするのだろうと感じる、謎めいたショットの数々も印象に残った。 
こんな殺伐として、謎めいた、カタルシスもない作品を、料金を払って観たいかという意味で、映画ファンの試金石のような作品だろう。しかし、映画としての豊穣さに満ちた作品であるのは間違いない。

 
TOSHI

TOSHI