こうん

ラッキーのこうんのレビュー・感想・評価

ラッキー(2017年製作の映画)
5.0
映画を観終えて、こんなにも銀幕から離れがたい気持ちにとらわれたのは久しぶりです。
何も映っていない銀幕をしばらく眺めて、心が温かにゆっくりと溶け出すのを感じながらいつまでもこの座席に座っていたいと思いましたね。
とことん幸せだった。

もうこの世に存在しないハリー・ディーン・スタントンが、映画の中から僕に微笑みを投げかけてくれる。
それはもう永遠に等しく、映画が与えてくれる僥倖と呼んでいい。
「ハリー・ディーン・スタントンがこっち見て微笑んでくれてるぅ!」という喜びを、僕たちは半永久的に享受できるのである。
これを幸せと呼ばないならなにが幸せなのだろうかと思う。

見栄も野心も気負いも衒いもない、愛と尊敬と慈しみに充ちみちた映画でありましたね。
ほんの数人のために作られた映画です。
だからこそ芯があって、誇り高いたたずまいを見せてくれている。
真の映画のかたちの一つだと思う。

それにしてもハリー・ディーン・スタントンの人間的なユーモアと愛らしさを秘めた姿かたちですよ!
「おじいちゃんかわいい」と言うのは生きることの先達に向かって失礼なのではないかと思ったりもしますが、ハリー・ディーン・スタントン演じるラッキーはめちゃくちゃラブリーだった。
失礼かもしれないけど言いたい。かわゆいよ、スタントン!
でもただその居住まいのキュートさだけじゃなくって、艱難辛苦を味わってきたであろうラッキーという人生の苦みや後悔もここそこに滲み出ていて、特にフォアンの誕生日パーティーにおける「ボルベール、ボルベール」ね!
あれを歌いだす前のラッキーの表情の複雑玄妙な奥ゆかしさ。
これから人生が始まる少年と、それをささやかに祝福するもうすぐ終わる男。

あぁ、もう思い出すだけでダメです。
実際帰りの電車の中でも泣いてしまった。

生まれた瞬間から死ぬことを前提に生きること、また生きなければならないし、生きてしまうこともある、そのことへの哀しさや憤りや愛情が、ラッキーという男の身体に宿りまくっていて…
称賛の言葉が見つからないし、ひょっとしたらそれは無粋なのではないかとすら思う。
ただただこの映画が好き、としか言うことがない。

もっと書きたいことはあるんだけど、それは強く思うことにする。
ありがとう、の一言だけ、ラッキー伝えたい。

ラスト、旅の途中であろうルーズベルト(リクガメ)がラッキーを見送っているかのような奇跡的なショットに、また涙が溢れてきた。
エンドロールの曲にもね。

帰りに我慢できなくって禁煙を破ってしまった。
こうん

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