けーはち

ナチュラルウーマンのけーはちのレビュー・感想・評価

ナチュラルウーマン(2017年製作の映画)
3.7
チリ、サンティアゴにて。初老の男が病で急死。彼の同棲相手は、親子ほど歳の離れたクラブの歌手だが、実はトランスジェンダー女性。警察は「レイプへの抵抗で殺したのか」と先入観で検査を執拗に行う。また、彼の遺族は偏見をあらわにして彼女を排除する。恋人の葬儀への出席を拒絶された彼女がとった道とは──

オスカー外国語映画賞作品。スペイン語は特に歌の場面でメリスマや巻き舌の印象的な響きを残す。主演女優はリアルにトランス女性らしく、その歌声には太さと高さがバランス良く含まれている。

巧いと思うのは序盤の視点誘導。彼氏の視点で彼女の歌うステージに逢いに行く流れで彼女がMtFだと匂わせる描写はない(観る人によっちゃ肩幅広いガタイのいいねーちゃんだなぁ〜と思うかもしれないが)。二人の世界では何の変哲もない一組の恋する男女でしかないのだ。

ところが、彼氏が倒れ、彼女が一人になると突如、世間の対応で、観客はこれまで意識する必要もなかった違和感に直面させられる。あれ、もしかして?……それは「年齢差があるカップルだからお金の関係かレイプだろう」と決めてかかってくる刑事の偏見と同時に迫ってくる。MtFだから、というだけでなく世間の様々な偏見の目がジリジリと押し寄せる圧迫感。

彼女がMtFであることは、遺族の違和感や怒りをひどく増幅させてはいるが、基本的に旦那を若い女に寝取られた遺族の話であって、それ自体はありふれたベタなメロドラマでしかない。随所にあるベタな演出は逆に狙ってのことだろう。彼氏が遺したカギから、何か泣かせるドラマチックな話になるかと思いきや……そんなミスリードもあまり劇的にするまい、着地点はありふれた死と別離の話にしようという采配なのだろう。テーマに沿って注意深く配慮されたドラマは悲しくて美しい。