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ナチュラルウーマンのRのレビュー・感想・評価

ナチュラルウーマン(2017年製作の映画)
3.8
スペイン語の響きが聞き慣れてるのとえらい違うな、と思ったらチリが舞台の映画やった。調べるとチリのスペイン語はかなり音が違うらしい。ナルホドー。アルゼンチンにあるイグアスの滝をとらえた美しいショットから始まる。ウォンカーワイのゲイのロマンスを描いたブエノスアイレスの冒頭もイグアスの滝で始まる。影響受けたのかな? 主人公はMtFのトランスジェンダー、マリーナ。誕生日にかなり歳上の最愛の彼氏と過ごしていると、彼の体調が急変。大急ぎで病院に連れて行くのだが、そのまま死亡してしまう。その後、突然の死に疑惑を抱く警察の屈辱的な調査を受け、遺族の怨恨に直面するマリーナ。自分に起こるあらゆる悲劇をひたすら真顔で受け止め続ける彼女の姿は、トランスジェンダーとして生きる上で避けることのできない困難に耐え忍ぶ覚悟と悲壮感を感じさせる。とは言うものの、死んだ彼氏には奥さんと娘がいて、別居してマリーナと暮らしてたらしい。トランスジェンダーであれ何であれ、夫をとられた奥さんが浮気相手に恨みを持つのは、まぁ当然っちゃ当然。遺族のほぼ全員がマリーナをセクシュアリティのために変態扱いし、攻撃的な言動をとるのはどうかと思うが、マリーナが葬式に出させてもらえないことに怒ってることに関しては、見てるこっちとしては、まぁ不倫相手って考えると、出れないのも仕方ないのでは、と思ったりもする。が、愛する人に最後のお別れを言えない悲しみも分かる。そんな感じで、この映画は、様々なモヤモヤを見る者に投げかけ、それに対する答えを提示しないことで、その答えを自分なりに考えさせる作りになっている。最後の最後ですら、何も解決しない。宙ぶらりん。自分なりの区切りをつけるしかない。人生とはあるいはいつもそういうものだと言えるかもしれない。ただ、ひとつ確実に言えるのは、マリーナが自分らしく生きることを許さない人たちがこの社会には多すぎ、それは何とかしなければならないし、何とかしようとすればぜんぜん何とかなる問題だということ。他者を認めないことは、自分の中の多様な感情を認めないこととまったく同義。やから、マリーナをありのままに受け入れる人たちは、それができない人たちに比べて、人生の豊かさがどこからどう見ても大きい。そんなこんなを考えながら、やっぱどうしても思わずにいられないのが、マリーナが歩く姿を見ると、どことなく男に見えてしまってちょっと悲しく見えてしまうこと。やっぱ女に生まれて来たかったんじゃないかな?って思ってしまう。これは、自分が人を見るとき二種の性別をベースに見てて、それに当てはまらないものに違和感を感じてしまってるからやろな、とも思う。もちろんマリーナはマリーナらしく生きる権利があるし、そう生きるべきだとは強く思うけど。性に関する問題ってある意味究極に微妙な部分やから、いろいろ難しいし、複雑やし、大変だなーと思う。ちなみに本作、テーマは面白いし、作品としての強度は高いけど、映画の演出としては、映像のタッチやメインの音楽も含めて、僕の好みからビミョーにズレてて、もうちょい自然な感じだったらいいのになー、と思った。若干ムードを作り込み過ぎてる気がして、そこに少々邪念が生まれてしまった。
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