小一郎

ひかりのたびの小一郎のレビュー・感想・評価

ひかりのたび(2017年製作の映画)
3.8
テーマが難しい。わかるようでよくわからない。監督が不動産ブローカーとして働いた体験から「人間の命にはまぎれもなく価格が付いている」と実感、そのことがテーマのひとつとなっている。

ひょっとすると、これは所有という概念と関係があるのかもしれない。不動産に限らず、ブローカーは所有関係が変化することによって、利益を得る仕事である。所有関係が必ず変化するのはどういうときかといえば、所有している人が死んだとき。

ブローカーの立場からすれば、所有するモノが多い人程「価格」が高い。また自分で所有していなくても、その人が死ぬことによって、所有している人がモノを売却するよう影響を与えうる人ならば、やっぱり「価格」を持つ。

とある町で冷酷非情な不動産ブローカーとして暗躍する植田登はある時、このことに突然気付くことによって仕事で成果を上げていく。4年間生活したこの町に、彼は何の愛着も帰属意識もない。

妻と離婚した彼の高校3年の一人娘、植田奈々は、父の仕事の関係で転校続きだったことから「故郷」にこがれ、最も長く住み慣れ親しんだこの町に住み続けたいと願っている。

娘の進路を巡って、父と娘は意見がぶつかる。ブローカーとして自分が土地を荒らしたこの町に娘に残って欲しくない父と、父が恨みを買っていても町に残りたい娘。閉鎖的な町で、あくまでも外者の立ち位置を崩さない父と、内側に入りたい娘が対照的に描かれる。

農業、定住社会によって人間の自我は故郷を求めるようになった。土地を使っている人がいなくなれば、使いたい人に使ってもらうのが自然な流れだけれど、使いたい人が見知らぬ人である場合、それを突き詰めれば、非定住社会と変わらなくなる。定住社会に慣れ親しんだ自我は恐怖におののくことになり、見知らぬ人を差別する。

定住社会のアキレス腱、それは人の死。人に「価格」があることを知っている国家は人が死ぬと税金によって、その価格を実現する。それは土地の流動化を促し、人の自我を不安定にする。というようなことを描いた作品ということでどうかなあ…。

なお、全編オールアフレコなのは、町の閉塞感を出したいからだと、監督と録音・サウンドデザインの光地拓郎のトークショーで語られていました。オールモノクロは、話はなかったけれど、不穏な雰囲気を出したいからかしらん。

●物語(50%×4.0):2.00
・嫌いじゃないけど、イマイチスッキリしない。「人間の命にはまぎれもなく価格が付いている」と実感した監督は凄い気がする。

●演技、演出(30%×3.5):1.05
・不穏な空気がヒシヒシで、良かったのでないかと。

●画、音、音楽(20%×3.5):0.70
・オールアフレコのチャレンジ精神はかいたい。