MasaichiYaguchi

星めぐりの町のMasaichiYaguchiのレビュー・感想・評価

星めぐりの町(2017年製作の映画)
3.5
俳優として映画やテレビドラマで50年以上活躍している小林稔侍さんの映画初主演作には日本から失われつつあるものが色々登場する。
それは主人公・島田勇作が住む家の囲炉裏や竃や床の間であったり、彼の生業である手間暇かけた手作り豆腐であったりする。
都市に住む人にとって豆腐や油揚げはスーパーでパックされたものを買うのが一般的だと思うが、私が幼なかった頃は「トーフ〜」とラッパを吹いて売り歩いていた豆腐屋さんから持参したボウルで購入していたものだ。
この作品からは、舞台となった緑豊かな愛知県豊田市の山間の村を含め、日本の原風景が感じられる。
早くに妻を亡くし、一人娘・志保と静かに暮らしてきた勇作のところに、ある日突然、東日本大震災で家族全員を失った亡き妻の遠縁の少年・木内政美がやって来る。
この少年は、幼くして一瞬に家族を失うという筆舌に尽くしがたい経験をしていながら、勇作のところに来るまでに縁者の間でたらい回しにも遭っている。
心に深手を負い、貝のように心を閉ざした少年に対し、勇作たちは粘り強く接していく。
本作では勇作の手作り豆腐をはじめ、心を込めた様々な料理が登場するが、その料理に込められた思いが少年をはじめ、食べる人に伝わっていく様が胸に染みるシーンで描かれていく。
そして、長い芸歴の中で意外にも映画初主演の小林稔侍さんは、父性の象徴として本作の柱になっている。
ぶつかりながら、迷いながら、拭い去れない悲しみの中で、少しずつ前を向き、心を開いて再生していこうとする姿が、宮澤賢治の「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」の詩と共に心に響いて来る。