小松屋たから

テリー・ギリアムのドン・キホーテの小松屋たからのレビュー・感想・評価

3.9
雨で一日で変わってしまった地形、馬に乗れない役者、流されていく機材、中々現れないスター、スポンサーの接待に追われる日々… 映画作りの大変さ、切なさ、情けなさを曝け出して、でも、その「未完成」をネタにして強かに全世公開した快作メイキングドキュメンタリー「ロスト・オブ・ラマンチャ」。あの作品を観たことがあれば、この映画は見逃せるはずがない。

で、「ロスト・オブ・ラマンチャ」の時に作りたかったのはこの映画なのか、あれがあるからここまでどう変わってきたのか、そのあたりの監督の脳内の変化をとても知りたい。「ドン・キホーテの夜明け」という名のメイキングとか、作って欲しいところ。アダム・ドライバーも出てることだし。

映画でドン・キホーテを演じたがためにいまだにドン・キホーテのつもりでいるかのような老人。「10年前、映画に抜擢されたから人生が変わってしまった」という女性。ギリアム監督自身を戯画化したのであろうCFディレクターが過去の現場でその罪深さを思い知らされながら、それでも、映画という荒野に立ち向かう決意を示す物語。

現代と過去と大過去、妄想と現実と希望的未来、そして、回想や伝承や仮装を巧みにブレンドしながら様々な時間軸と現象を一つの煮えたぎる鍋の中にぶち込んだような本作は、映画という娯楽の自由の拡大、安易な商業主義からの解放を訴える、まさに異端と言う言葉がふさわしい秀作だった。

結局、映画製作というのは、それこそ、巨人に見立てた風車に立ち向かうようなもので、観客を自分の世界に引きずり込むために、まずは制作者自身がどこまで虚構を真実と信じ切れるかにかかっていて、傍から見ればいい迷惑でも、滑稽でも、とにかく諦めずに願い続けた者が夢を手にすることができる、そんな仕事なのだ。「誰に何を言われようと、とにかく俺は映画が好きなんだ!」というギリアム監督の声が朗々と響いてくるようだった。