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テリー・ギリアムのドン・キホーテのohassyのレビュー・感想・評価

4.5
テリー・ギリアム御大は、強烈な作家性とヒットメーカーという相容れにくい両面を持ち合わせる稀有な存在だ。
特に「バンデットQ」「未来世紀ブラジル」「12モンキーズ」は本当にヒットした。
一見癖がありそうな作品群だけれど(まあそうかもしれないけれど)、決して難解ではないエンタメ作品でもあるのでぜひ観て欲しい。

苦節30年の末完成した本作は、ずっと待ち望んでいた反面「これはもう面白さを求めてはならないだろうなあ」とも思っていた。
だから東京で3館しか上映していなくても「賢明な判断だ」と思っていたし、あっという間に上映終了になってしまうだろうと予想していたし、とはいえ映画館で観なくてはと、ちょっと義務感すら背負っているという結構なコンディションで鑑賞したのだけれど、これがびっくりするくらい面白かった。
疑ってすみません。

やっぱりギリアムはすごい。
殺伐としながらもゴージャスな画面に、足し算で特盛な演技。
現実と妄想と夢がシームレスに交叉し、アダム・ドライバー演じるCM監督・トビーの困惑がそのまま僕らの困惑になる痺れ具合。
とにかく物語がどう転んでいくのか全く見当がつかないのだから、それはもう面白い以外の何ものでもない。

企画に時間をかけることはネガティブでしかないと勝手に思っていたけれど、そうとも限らないんだな。
ギリアムの中で少しずつ変わっていった部分も沢山あるし、何より時間が経ったからこそジョナサン・プライスが役を得たし、アダム・ドライバーが起用されたんだから。
それは作品にも素晴らしい効果を齎したはずだし、アダム・ドライバーとってもかけねなしの代表作になった。

ビジュアルや切り口が独特なことで敬遠されてしまうことがあるだろう、人は分かりやすいものを求めてしまうものだ。
何となく期待通りの結果を提示してくれそうな作品を選んでしまうのもよく分かる、誰だって損はしたくないしね。
「損は負け」と短絡的に考えてしまいがちな現代では、尚更でしょう。
でもよく考えると、映画なんてたかだか2000円くらいのもので、ちょっとコーヒーやらデザートやら大盛りやらを制御すればすぐ取り戻せるし、なんならビールを毎日1杯ずつ我慢すればあっという間に映画何本分のお金が浮くだけでなく健康にもいいという、最高の結果を得るわけだ。

なんの話だ。
ともあれ断言してもいいけれど、テリー・ギリアム作品は観た方がいい。
賭けてもいい、きっと世界中全てのクリエイターが同意することでしょう。

本作は「聞いたことはあるけれどよく知らない物」の代表のようなドン・キホーテの物語を、それなりに知っている前提で作られている。
「ロスト・イン・ラ・マンチャ」で描かれてもいる、「ドン・キホーテ」映画化に取り憑かれ妄信するテリー・ギリアム自身のドン・キホーテぶり含めた世界観で成り立っている作品でもある。
そこにハードルはあるだろうが、Wikipediaをサラッと撫でればおおよそは理解できるわけで、その程度の苦労は得られる対価に比べれば微々たるもの。

何かを成し遂げようとするならば、またはやりたいことをやり続けようとするならば、人はキホーテ的に狂うしかないということ。
いや、そうじゃないな。
狂ってるというのは自分以外の誰かの勝手な判断で、自分の考えとは一切関係がない。
キホーテを心に宿した時にだけ、人は何かを成し遂げられるのだ。
60歳から80歳の時をかけてこれを完成させたという事実を目にしてしまった今、泣き言なんて何一つ言えない。
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